ご飯だけ、のはずですが?
二週間に一度くらい。若い男の子と食事をするのは、そのくらいの頻度に落ち着いた。
友達との約束もあるし、一人でのんびりしたい日もある。月に二度ほどなら、次は何を食べようかと考えるのも楽しい。
そんな週末の夜、SNSを開いていて、一枚の写真で指が止まった。
黒い髪と、片方の目。顔の下半分は、スマホで隠れている。
その目が、よかった。
切れ長で、涼しげで、少し近寄りがたい。もう少し見えないものかと写真を大きくしてから、私は指を離した。
大きくしたところで、隠れているものは見えない。
プロフィールには、二十一歳の大学生とあった。
名前は、蓮。
投稿を遡ると、映画の感想や、友達と食べに行ったらしいラーメンの写真が並んでいた。
最新の投稿は、焼肉の約束が流れたという話。その下に、『誰か代わりに飯連れてって』と書き足してある。
私はDMの入力欄を開いた。三十三歳の会社員であることと、よかったら一緒に夕食をどうかということを書く。
それから、いつもの説明を添えた。食事だけ。ご飯代はこちらで出すけれど、お手当はなし。
送ってから、もう一度写真を見た。実際に会ったら、どんな顔なんだろう。
*
待ち合わせは、土曜日の夕方。
駅に隣接した商業施設の、一階の時計の下にした。約束の五分前に着いた私は、スマホを取り出した。
『着きました。白のトップスに、カーキのパンツです』
送信すると、すぐに既読がついた。
『俺もいる』
顔を上げると、柱のそばに黒いトップスを着た男の子が立っていた。
手元のスマホから目を離し、こちらを向く。
あ、写真の目だ。
彼は私と目を合わせると、片手を軽く上げた。
近づいてくる間、私はその顔を見ていた。すっと通った鼻筋に、形のいい唇。黒い前髪の下には、写真で見た切れ長の目がある。
……全部、よかった。
「真帆さん?」
声までいい。
「うん。蓮くん?」
「そ」
目の前で足を止めた彼は、私を見て、口の端を少し上げた。
「へえ。綺麗な人じゃん」
リップサービス、リップサービス。
心の中で唱えて、私は笑った。ここで浮かれては、『おねえさん』としての沽券に関わる。
「ありがとう。蓮くんも格好いいね」
「知ってる」
思わず声を出して笑ってしまった。
「そうだよね」
「そこ、同意するんだ」
「本当のことだもの」
彼の口元が緩む。写真では冷たそうに見えた目も、笑うと少し細くなった。
なるほど。こういう顔で笑うのか。
「学生証、見せてもらってもいい?」
「うん」
DMでも頼んでおいたので、彼はすぐに財布を出した。
写真と本人の顔を見比べ、生年月日を確認する。確かに二十一歳だった。
それにしても、証明写真まで格好いい。
「そんなに違う?」
声をかけられ、顔を上げた。
「え?」
「結構まじまじ見てるから」
手元へ目を戻し、ようやく何を聞かれたのかわかった。
「ああ、違うの。証明写真も格好いいなと思って」
学生証を返すと、蓮くんは少し笑った。
「それはどうも」
*
お店は、同じ商業施設に入っている洋食屋さんにした。
通路に面した明るい店内には、買い物帰りらしい人たちが何組もいる。二人席に案内されると、蓮くんは向かいに座った。
近い。
いや、普通の二人席だ。顔がよく見えるだけ。私は渡されたメニューを開いた。
「お腹すいてる?」
「うん。結構」
「よかった。好きなの頼んでね」
メニューに目を落とした蓮くんは、まつ毛まで長かった。ページの端に添えられた指も、すらりと長い。
そこまで眺めていたことに気づいて、私は自分のメニューへ目を戻した。
ご飯に誘ったのだ。あまり、じろじろ見るものではない。
「ハンバーグにしようかな」
言うと、彼が顔を上げた。
「俺も。それ、ソース何にする?」
「デミグラス。蓮くんは?」
「和風」
二種類の写真を見比べて、少し迷う。大根おろしも美味しそうだ。
「迷う?」
「ちょっと」
「一口あげるよ」
向かいの顔を見て、私は頷いた。
「ほんと? じゃあ、私のもどうぞ」
運ばれてきたハンバーグは、写真より少し大きく見えた。蓮くんがナイフを入れると、切り口から肉汁がにじむ。一口食べて、小さく頷いた。
「おいしい?」
「うん」
蓮くんは、もう一切れ切り分けた。大根おろしをのせ、フォークに刺したままこちらへ差し出してくる。
「はい」
受け取ろうとして、手が止まった。
これは、口を開けるほうだ。
顔を上げると、蓮くんが少し身を乗り出していた。私が食べるのを、ごく自然な顔で待っている。
あの顔に見られながら、口を開けるのか。
「あ、ええと……」
小皿に取ってもらえばいい。そう思いつくまでに、妙な間が空いてしまった。
「お皿に、もらってもいい?」
彼は差し出された小皿より先に、私の顔を見た。
「喜ぶと思ったのに」
口元が少し上がる。
「嬉しいよ。ただ、その……ちょっと照れるから」
言ってしまってから、頬が熱くなった。食事に誘っておいて、何を照れているんだろう。
「照れるんだ」
蓮くんが楽しそうに繰り返すので、私は小皿を持ち直した。
「……初対面でしょう」
「そっか」
彼は素直にハンバーグを置いてくれた。
お礼を言い、私も自分の分を切り分ける。まだこちらを見ている気がしたけれど、今は確かめないでおいた。
「蓮くんのも、今あげるからね」
「うん」
その声が笑っていたので、私はもう少しだけ、自分のお皿に集中することにした。
交換して食べてみると、和風のほうはさっぱりしていた。
「こっちもおいしいね」
「そっちも。次、そっちにしようかな」
蓮くんはそう言って、ご飯を口に運ぶ。食べ方が綺麗だった。それでいて、よく食べる。見ていて気持ちがいいなと思っていると、目が合った。
「何?」
「ううん。おいしそうに食べるなと思って」
「おいしいからね」
口元が少し上がる。私も笑って、自分のハンバーグを切った。




