ご飯だけ、ご飯代だけ
二度目のお誘いは、一週間ほど経った金曜日に届いた。
『おねーさん、来週ご飯行かない?』
続けて、お皿を持って待っている猫のスタンプ。思わず笑ってしまった。火曜日なら、と返すと、今度は飛び跳ねる猫が送られてきた。
*
「うわ、うまそう」
目の前に置かれたハンバーグを見て、彼が声を弾ませた。今日は、私が気になっていた洋食屋さんだ。彼はハンバーグの大盛りライスつき。私は海老フライを頼んだ。
「ご飯、それで足りる?」
「足りなかったらおかわりする」
頼もしい。私も海老フライを一口食べると、さくっとした衣の中で、海老がぷりっと弾んだ。これは当たりだ。
「おねーさん、店選ぶのうまいね」
「ここは初めてだよ」
「じゃ、当たり引いたんだ」
彼はハンバーグを頬張り、満足そうに頷いた。こういう顔を見ていると、ご馳走する側も気分がいい。
「そういえばさ」
半分ほど食べたところで、彼が顔を上げた。
「おねーさんって、ほかにもご飯おごってる子いるの?」
「いないよ。あなたが初めて」
「そうなんだ」
少し意外そうな声だった。
「知らない人にご飯おごってって言われたのも、初めて」
彼はフォークを持ったまま笑った。
「SNSでもいるよ。ご飯おごってって言ってるやつ」
彼はフォークを置いてスマホを取り出し、何度か画面を触ってから私に向けた。若い男の子の写真と、一緒に食事に行く人を探す短い文章。その下にも、似たような投稿が並んでいる。
「へえ。こういうのがあるんだ」
『誰か焼肉連れてって』
『今日の夜、ご飯行ける人』
ずいぶん気軽だ。隣のテーブルに料理が運ばれてきて、彼がそちらをちらりと見た。
その隙に画面を少しスクロールすると、また別の男の子の写真が出てくる。この子も整った顔をしている。横顔しか写っていないけれど、鼻筋が綺麗だ。
「おねーさんも探してみれば?」
「私が?」
「うん。ご飯、一人より誰かいたほうが楽しいときあるじゃん」
それは、そうだ。今日だって、向かいで美味しそうに食べてくれる人がいるおかげで、楽しく過ごせている。
「でも、気をつけてね」
彼が画面を指さした。
「こうやって飯だけって書いてても、飯だけじゃ済まなくなるやついるから」
「どういうこと?」
「自分の店に連れてこうとしたり。ホストくずれの客引きとかさ」
なるほど。食べ終わったら、ごちそうさまでした、とは限らないらしい。
「あと、お金も。おごるって言ったら、別に何かもらえると思ってるやつもいるし」
「ご飯代のほかに?」
「そう。だから、ご飯だけ、ご飯代だけって、先に言っといたほうがいいよ」
私はもう一度、画面を見た。同じような文章でも、向こうが何を考えているのかまではわからない。
「知らない人と会うのって危なくない?」
「俺だって最初は知らない男だったじゃん」
「そうだけど、あなたはもう知ってる子だもの」
彼は私を見て、少し口元を緩めた。
「……そっか」
スマホを受け取ると、テーブルの端に伏せて置く。
「まあ、最初は駅とか、人の多いとこで会いなよ」
「うん。それはそうする」
彼は頷いて、残っていたハンバーグにフォークを刺した。
「あ、これ食べ終わったら、海老フライのページ見せて。次それにしようかな」
次もあるつもりらしい。
私は笑って、テーブルの脇のメニューを渡した。
*
その夜、SNSで同じような投稿を探してみた。料理の写真や、大学の友達らしい人たちとの写真。その合間に、ご飯を奢ってくれる人を探す投稿がある。
何人か見ているうちに、一枚の写真で指が止まった。丼を前に、嬉しそうに笑っている男の子。添えられた文章には、二十二歳の大学生だと書いてあった。
この子も、よく食べそう。
最新の投稿は、『誰か美味しいもの食べに連れてって』。私はDMの入力欄を開いた。
『はじめまして。三十三歳の会社員です。よかったら、一緒に夕食をどうですか?』
そこまで打って、今日の話を思い出す。
『食事だけで、ご飯代はこちらで出します。お手当などは出せませんが、それでもよければ』
読み返す。ちょっと事務的だろうか。でも、曖昧にして、会ってから話が違うとなるよりいい。送信してスマホを置き、洗濯物を膝にのせたところで返信が来た。
『ご飯だけで大丈夫です! 何食べたいですか?』
思ったより早い。
私は畳みかけたタオルを膝に置き、近くの店を検索した。
*
その子とは、駅ビルの入口で待ち合わせた。学生証を見せてもらってから、一緒に焼肉屋さんへ。
写真の印象どおり、よく食べる子だった。網の上の肉を焦がさないように気を配りながら、大学の近くにある定食屋さんの話を聞いた。別れ際には、深く頭を下げられた。
「めちゃくちゃ美味しかったです。ありがとうございました」
こちらこそ、いい食べっぷりでした。
もちろん、毎回そう気持ちよく終わるわけでもない。
別の子と食事をした日は、途中から、住んでいる場所をやけに細かく聞かれた。駅名を濁しても、乗り換えはどこか、駅から歩くのかと話が続く。
「そのへんは内緒」
笑って答えると、相手も笑ったけれど、店を出てからまた、どっちの電車かと聞かれた。私は通りを見て、空車のタクシーに手を上げた。
「今日はこれで帰るね」
「あ、そうなんだ」
「うん。じゃあ、おやすみ」
乗り込んでドアが閉まってから、運転手さんに行き先を告げる。
車が走り出して、ようやく肩の力を抜いた。
あの子とは、もう会わなくていいかな。
何人かとやり取りをするうちに、条件が合わず、そのまま終わることもあった。
実際に食事をして、また誘いたくなる子もいた。
会うのは、私が外食したい日。行くのは、私も食べてみたいお店。
美味しいものを食べて、他愛のない話をする。向かいには、顔のいい男の子。帰ってから今日の料理を思い出していると、ついでに、その子が嬉しそうに笑った顔も浮かんでくる。
それがなかなか、悪くなかった。
気づけば、気になるお店を見つけるたび、一緒に行く相手を考えるようになっていた。




