↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
三十三歳、イケメン男子にご飯を奢るのが趣味になりました。  作者: 小笠原ゆか


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
20/21

明日、何食べたい?

蓮くんが働き始めてから、一年が経った。


仕事の話には、少しずつ知らない人の名前が増えた。最初は先輩や同期が多かったのが、最近は訪問先の人のことも聞く。うまく話せた日もあれば、帰ってから、あれも聞けばよかったと思う日もあるらしい。


私も相変わらず働いていた。


忙しい週には駅の近くで夕飯だけ食べ、休みが合えば映画を見た。どちらかの家でご飯を作り、食べ終えてから、何を見るか決まらないままテレビの前に座る夜もあった。


三月の終わり、蓮くんから連絡が来た。


『四月の最初の土曜、空いてる?』


返事をすると、お店は予約しておくと言う。


もう一年か。

頑張った彼を、ちゃんと労おうと思った。



*



待ち合わせ場所には、ジャケット姿の蓮くんがいた。

薄い色のシャツに、すっきりしたパンツ。こちらに気づくとポケットから手を出し、軽く上げる。


近づくまでの数歩で、つい顔を眺めてしまった。見慣れたかどうかと、見たいかどうかは別なのだ。


「お待たせ」

「ううん。ちょうどよかった」


隣に並ぶと、彼が私の服に目を向けた。


「似合ってる」

「ありがとう。蓮くんも」


彼が笑って手を差し出す。私も笑いながら、その手を取った。


予約してくれたのは、通りから少し奥へ入ったレストランだった。白いクロスのかかったテーブルに案内され、向かいに座る。


「一年、お疲れさまの会?」

「それもある」

「じゃあ、私がご馳走したかったな」


メニューを受け取った彼が、こちらを見た。


「今日は俺」


すぐに返されて、私は笑った。


「では、ご馳走になります」


料理を食べながら、この一年の話をした。

蓮くんが、どこの椅子か気になると言っていたこと。

入社したばかりの頃は、帰ったら眠くて、電話の途中で返事がなくなったこと。


「あれ、寝てたよね」

「うん。起きたら切れてた」

「おやすみって言ったよ」

「それは聞いてない」


私は笑って、グラスを取った。


「でも、仕事、楽しそうでよかった」

「楽しいよ。困ることもあるけど」

「うん」


先週は納期のことで慌てていたし、その前は、お客さんに名前を覚えてもらえたと嬉しそうだった。


「真帆さんは、今の仕事、やっぱり好き?」


聞かれて、私は頷いた。


「うん。大変なこともあるけどね」


最近任された仕事の話を少しした。まだ決まっていないことが多くて、楽しみな半面、どう進めようか迷っている。


蓮くんは時々質問しながら聞いていた。話し終える頃には、また私の仕事の話をしてしまったと気づいたけれど、彼が笑っているので、そのままデザートを待つことにした。


小さな焼き菓子に、アイスクリームと果物が添えられていた。

おいしそう、とフォークを取ろうとしたところで、名前を呼ばれる。


「真帆さん」


顔を上げると、蓮くんはまだ手をつけていなかった。


「一緒に住まない?」


少し遅れて、口元が緩んだ。


泊まった翌朝、同じ台所で朝ご飯を用意するのが好きだった。帰るほうの支度を気にしなくてよくなるのだと思うと、嬉しかった。


「いいね。でも、通勤とか――」

「その前に」


彼が少し笑った。


「結婚しよう」


私は口を閉じた。


隣の席の話し声が聞こえていた。店員さんが通路を歩き、どこかでカップが鳴る。その中で、蓮くんだけが私の返事を待っていた。


「……結婚?」

「うん。真帆さんと」


ジャケットの内側から、小さな箱が出てきた。

蓋が開いて、指輪が見えた。そこまで見て、ようやく、今日ここへ来た理由がわかった。


「びっくりしてる?」

「してる」


正直に答えると、彼も少し笑った。


「今日は、一年頑張ったねって、そういう日だと思ってたから」

「うん。一年働いてみて、これからの暮らしも前より想像できるようになったし。今なら言えるかなと思って」


私は指輪から彼の顔へ、目を戻した。


就職して、忙しくなって、それでも会える日は嬉しかった。仕事の話を聞きながら、頑張っているなと思っていた。

その間に、この人は今日のことを考えていたのか。


「……いつから?」

「結婚?」

「うん」


蓮くんは少し考えた。


「付き合ったときから、考えてはいたよ」


そんなに前から。

何も言えずにいると、彼は照れたように笑った。


「真帆さん、仕事続けたいって言ってたでしょう」

「うん」

「就職先を決めるときも、それは考えた」


私は彼を見た。


「仕事の話、いっぱい聞いてたじゃん」

「就活の参考にしてるんだと思ってた」

「してたよ」


彼は頷いた。


「でも、一緒に暮らすなら、どんなふうになるのかなとも思ってた」


今の担当は好きなのか。部署を変わりたいとは思わないのか。

聞かれるまま話していたことを思い出す。私の愚痴に笑っていたときも、そんなことを考えていたのだ。


「真帆さんが続けたい仕事なら、続けてほしいし。でも、会いやすいからって、働きたくない会社を選んだわけじゃないからね」


最後を付け足されて、思わず笑った。きっと、そういう顔をしていたのだろう。


「……うん」


返事をしたら、目の奥が熱くなった。


「住むところは、これから一緒に探したい」

「うん」

「真帆さんの希望も聞きたいから」


私は頷いた。

何でもない休日に、一緒に困ったり、笑ったりする相手。そういう人がいたらいいと思っていた。

目の前の彼が、少しだけ不安そうな顔になった。


「真帆さん?」


まだ、返事をしていなかった。


「……私も、一緒にいたい」


声が震えて、少し笑ってしまった。


「これからも、蓮くんと」


彼の表情がほどけた。


「よろしくお願いします」


そう言うと、蓮くんが笑った。


「こちらこそ」


差し出した手を取って、指輪をつけてくれた。長い指も、伏せた目元も、何度見たかわからない。

それでも、今日の顔は、きっと忘れないと思った。



*



指輪をつけた手を眺めていたら、蓮くんが言った。


「似合う」

「ありがとう」


顔を上げると、彼は嬉しそうに笑っていた。


「真帆さん、デザート」

「あ」


アイスクリームが少し溶け始めていた。

二人で笑いながらフォークを取る。慌てて食べた一口も、ちゃんとおいしかった。


「明日、何食べたい?」


つい聞くと、蓮くんが笑う。


「もう明日の話?」

「明日も休みでしょう」

「休み」


彼は少し考えた。


「真帆さんの作るやつ。豚肉とキャベツ炒めたの」

「あれでいいの?」

「あれがいい」


私は頷いて、もう一口デザートを食べた。


帰りに、スーパーへ寄っていこう。






END

最後までお読みいただき、ありがとうございました。


今回は、作者の趣味と願望をこれでもかと詰め込んだ作品です。

顔のいい年下男子にご飯を奢って、美味しそうに食べる姿を眺めたい。そんな欲望から始まったお話でした。

執筆中、作者の脳内では実写ドラマが絶賛放送中。キャストも主題歌も勝手に決まり、毎回楽しく視聴しておりました(笑)。

そして、気づけば作者自身が蓮にすっかりメロついていました。

自分の作品で泣くなよ、と自分でも思うのですが、最後のプロポーズでは「良かったねぇ……」と泣いてしまいました。


そんなふうに、作者自身がとても楽しく書いた作品です。

皆様にも真帆と蓮を好きになっていただけたなら、これほど嬉しいことはありません。

明日の朝7時に番外編を投稿し、そちらをもって完結となります。

あと少しだけ、二人にお付き合いいただければ幸いです。


よろしければ、ご感想や評価をいただけると励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。