↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
三十三歳、イケメン男子にご飯を奢るのが趣味になりました。  作者: 小笠原ゆか


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
21/21

番外編 あの子、お腹すかせてないかな?

結婚することになったと、友達に連絡をしていたときだった。


ふと、お皿を持って待っている猫のスタンプを思い出した。


あの子、お腹すかせてないかな?


蓮くんと会うようになってから、いつの間にか連絡が途切れていた。スマートフォンで履歴を遡ると、最後にも猫がいた。


あの子がいなかったら、蓮くんとは出会っていない。

それに、「本気になっちゃった?」と聞かれたときのことも、覚えている。あのときは否定したけれど、今なら答えられる。


隣でテレビを見ていた蓮くんに、その話をした。


「だから、久しぶりにご飯に誘ってもいいかな。お礼も言いたくて」


彼はこちらを向いた。


「……二人で?」

「うん。もう、ほかの子と食事に行くつもりはないんだけど、その子にはちゃんと言っておきたいなと思って」


蓮くんは私のスマートフォンを見て、それから顔へ目を戻した。


「わかった」

「ありがとう」

「帰りは迎えに行く」


私は笑いかけたけれど、彼は真面目な顔だった。


「心配だから」

「そんなに心配しなくても」

「するよ」


そう言われると、もう笑えなかった。



*



『久しぶり。元気にしてる?』


送ると、その日の夜に返事が来た。

両手を上げた猫のスタンプ。


『元気! おねーさんは?』

『元気だよ。久しぶりにご飯でもどうかなと思って』

『行く』


続けて、お皿を持った猫が届いた。

変わらないなあ。笑っていると、もう一通来た。


『就職してから忙しくて、全然連絡してなかった』

『おねーさんも忙しいかなと思って』


就職。

あの子も、もうそんな歳なのか。


予定を確かめ合い、翌週の金曜日に会うことになった。



*



待ち合わせ場所で私を見つけ、手を上げたのは、スーツ姿の青年だった。

髪の色が落ち着いている。前髪もすっきりしていて、一瞬、見違えた。


「おねーさん、久しぶり」

「久しぶり。……ちゃんと社会人してるんだね」

「ちゃんとって何。してるよ」


笑った顔は、知っている顔だった。


「ごめん。ちょっと感動しちゃって」

「そんなに?」


ネクタイを少し直しながら、彼も笑う。


駅前を歩き出すと、仕事帰りの人たちに自然に混じった。初めて声をかけられたときには、この子のスーツ姿を想像したこともなかった。


「お腹すいてる?」

「すごい。昼、食べるの遅かったのに、もうすいた」

「頼もしいね」

「おねーさんは? 何食べたい?」


相談して、最初に一緒に入ったイタリアンへ行くことにした。



*



「最近、どう?」


注文を済ませると、彼が尋ねた。


「元気だよ。仕事も、相変わらず」

「ご飯のほうは?」


その聞き方に、笑ってしまった。


「もう、誰かを探したりはしてないよ」

「そうなんだ。前に言ってた、よく会う子は?」


私は左手へ目を落とした。


「あのね。その人と、結婚することになったの」


彼の視線も手元へ動く。指輪を見てから私へ顔を戻し、少し身を乗り出した。


「え、ほんとに?」

「うん」

「本気になったんじゃん」


笑っている彼に、私も笑った。


「そうだったみたい」

「みたいって」

「あのときは、まだ自分でもわからなかったんだもの」


彼は椅子に座り直し、もう一度指輪を見た。


「そっか。おめでとう」

「ありがとう。それも、あなたに言いたくて」


ちょうど飲み物が来た。彼は店員さんにお礼を言ってから、私を見る。


「俺?」

「SNSを教えてくれなかったら、知り合ってなかったから。それに、あのとき聞かれなかったら、気づくのも、もう少し遅かったかもしれない」


私はグラスを手に取った。


「だから、今日はお礼。好きなもの食べてね」


彼は少し照れたように笑い、自分もグラスを持った。


「じゃあ、遠慮なく」

「うん。どうぞ」


軽くグラスを上げる。


「おめでとう、おねーさん」


初めて会った日にも、こうして向かいに座っていた。

あの日は、何が起きるかわからないものだなと思っただけだったのに。



*



食後、蓮くんから着いたと連絡が来た。


「ごめん。ちょっと返事してもいい?」

「うん」


店の前で待っていてくれるらしい。今出るね、と送り、スマートフォンをしまう。


「迎え?」

「うん」

「結婚する人?」

「そう」


彼が楽しそうに笑った。


「心配されてるんだ」

「帰りは迎えに行くって」

「大事にされてるね」


そう言われると、まだ少し照れる。

会計を済ませて外へ出ると、入口から少し離れたところに蓮くんがいた。こちらを見て、歩いてくる。


「待たせちゃった?」

「ううん」


答えた彼の視線が、私の隣へ動いた。

二人が目を合わせる。


「あれ、蓮?」

「……何でお前がいるの」


私は蓮くんを見て、それから隣を見た。


「知り合い?」


二人とも、今度は私を見る。


「大学の友達」

「真帆さんが言ってたの、こいつ?」


蓮くんに聞かれ、頷いた。


「うん。最初にご飯に誘ってきた子」


隣で、彼が急に声を出して笑った。


「待って。よく会う子って、お前だったの?」


蓮くんは返事をせず、私の手を取った。

私はつながれた手を見下ろしてから、もう一度二人の顔を見る。


「……どういうこと?」

「俺が教えたんだよ。蓮に、こういうのもあるよって」


ああ。


私はしばらく考えてから、彼へ向き直った。


「じゃあ、ますます、ご馳走してよかった」


彼は嬉しそうに笑ったけれど、隣からは少し不満そうな声がした。


「真帆さん、もう十分食べさせたでしょ」


握られた手に、少し力がこもった。


「うん。お腹いっぱいになった?」


私が尋ねると、彼は笑ったまま頷いた。


「なった。すごく」

「それならよかった」


蓮くんが、隣で私を見た。


「何?」

「ううん」


彼のほうは、まだ面白そうに二人を見比べている。


「そっかあ。蓮だったのか」

「何だよ」

「いや。おねーさん、楽しそうに話してたから」


つないだ手が少し動いた。


「あのときは、まだ付き合ってなかったんだよ」

「うん。そう言ってたね」


言われて、自分が何を話したのか思い返す。決まった子とよく会うようになったこと。話していて楽しいし、食べたいものも合うこと。


隣を見たら、蓮くんと目が合った。


「……帰ってからね」


何も聞かれていないのに言ってしまい、彼の口元が緩んだ。


「うん」


彼が笑ったところで、隣の友達も笑った。



*



駅へ向かう角まで、三人で歩いた。


「じゃあ、卒業式の写真にもいた?」

「いたよ。俺、髪切ったばっかりだったし、わかんなかった?」

「……蓮くんばっかり見てた」

「でしょうね」


彼は別の路線を使うらしく、私たちとはそこで別れるという。立ち止まると、きちんとこちらへ向き直った。


「今日はごちそうさまでした。おいしかった」

「どういたしまして。忙しいのに、来てくれてありがとう」

「誘ってくれて嬉しかったよ」


スーツの肩には、仕事用らしいバッグがかかっていた。初めて会ったときは薄手のパーカーだったな、と、ふと思い出す。


彼も私たちの手元を見てから、顔を上げた。


「蓮、おねーさんのこと、よろしく」

「お前に言われなくても」


すぐに返され、彼は声を出して笑った。


「だよね」


それから、私を見る。


「お幸せに」

「ありがとう。あなたも、仕事、無理しないでね」

「うん。おねーさんも」


彼が片手を上げた。


「じゃ、またね」

「うん。またね」


私も手を振る。少し離れてから、彼は蓮くんにも「また連絡する」と言い、そのまま駅へ向かった。

背中が人の流れに混じるまで見送っていると、蓮くんが尋ねた。


「楽しかった?」

「うん。ちゃんとお礼も言えたし」


彼の隣へ向き直った。


「迎えに来てくれて、ありがとう」


蓮くんは、もう友達の姿が見えなくなったほうを見た。


「あいつだったんだね」

「びっくりした」

「俺も」


二人で笑い、私たちも歩き出した。


*


家へ帰ってスマートフォンを見ると、彼からメッセージが届いていた。


『今日はありがとう!』

『改めて、おめでとう』


その下には、両手を上げて跳ねている猫。


私は笑って、隣の蓮くんに画面を見せた。


「この猫、昔から送ってくれるの」

「ああ。俺にも来る」


そう聞くと、何だかまた笑えてきた。


『こちらこそ、ありがとう。会えて嬉しかったよ』


返事を送ると、今度はお皿を持った猫が届いた。

続けて、一言。


『また蓮と三人で行こうね』


「今度は、私たちがご馳走してもらおうか」


画面を覗いていた蓮くんが笑った。


「言っとこ」


もう一度入力欄を開き、そう伝える。

すぐに、びっくりした猫が返ってきた。






END


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。