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三十三歳、イケメン男子にご飯を奢るのが趣味になりました。  作者: 小笠原ゆか


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19/21

ご馳走になるのも、いいものです

蓮くんが四年生になり、就職活動が本格的になった。


面接の日程が決まると、会う約束を別の日に変えることもあった。バイトも少し減らし、説明会のない日には、応募書類を書いたり面接の準備をしたりしているという。


いくつか内定をもらったと聞いたのは、夏の終わりだった。


どこにするのか尋ねると、まだ考えていると言う。もう一度、社員の人と話す機会をもらった会社もあるらしい。


それからしばらくして、連絡が来た。


『就職先、決めた』


休憩室で飲んでいたお茶を置き、返事を打つ。


『おめでとう。どこにしたの?』

『会ったとき話す』

『金曜、空いてる?』


その日は予定がなかった。



*



待ち合わせ場所に着くと、蓮くんがベンチから立ち上がった。今日は薄手のシャツに黒いパンツで、スーツ姿を見ることが多かったぶん、少し久しぶりな気がする。


「お疲れ」

「お疲れさま。おめでとう」

「ありがとう」


近づくと、彼が手を差し出した。取った手に指を絡めながら、尋ねる。


「今日は何食べたい? お祝いだから、蓮くんの好きなものにしよう」


彼は少し考えた。


「ハンバーグ」

「最初のお店?」

「うん。デミグラス、一皿食べたい」


思わず笑ってしまった。最初に一口交換してから、ずいぶん経つ。


「じゃあ、私は和風にしようかな」

「逆だね」

「そうだね」



*



注文を済ませると、蓮くんが会社の名前を教えてくれた。


前に説明会へ行った、オフィスの家具などを扱うメーカーだった。あの冊子に載っていた、明るいオフィスの写真を思い出す。


「営業?」

「うん。何を担当するかは、入ってから決まるけど」

「そっか。どうして、そこにしたの?」


蓮くんは、少し考えてから話し始めた。


「社員の人と話して、働いてるところが一番想像できた。大変なことも、結構教えてくれたし」

「どんな?」

「商品を覚えるのも大変だし、納期の調整とか、思ったとおりにならないことも多いって」


聞きながら頷くと、彼は続けた。


「でも、話してる本人が面白そうだったんだよね。納めてから、使ってる人に話を聞けるのもいいなと思った」


説明会の帰りにも、そんなことを言っていた。実際に働く人や、使う人の話を知りたいと。


「人の話を聞くの、好きなんだね」

「そうかも。自分じゃ思いつかないこと聞けるし」

「蓮くん、結構覚えてるものね」


彼が私を見て笑った。


「真帆さんの、最初の案に戻った話とか」

「それは忘れてくれていいんだけど」

「印象に残ってる」


ちょうど料理が運ばれてきたので、私はそちらへ向き直った。彼はまだ笑っていた。



■■■



就職先を決めてからも、蓮くんには授業とバイトがあり、卒論もあった。


会える日はご飯を食べ、時間が合わなければ電話で話した。私の帰りが遅くなった夜、これから夜勤だという彼と駅で会い、十分だけコーヒーを飲んだこともある。


冬が過ぎる頃には、卒論から解放されたと連絡が来た。そのあと送られてきた卒業式の写真には、友達と並んで笑う蓮くんがいた。


私といるときとは、少し違う顔だった。


何度か見返してから、おめでとうと送った。


四月になると、二人とも会社員になった。



*



初めてのお給料が出た週、蓮くんに食事へ誘われた。


『今日は俺にご馳走させて』


バイト代で払ってもらったことはある。それでも、今度はまた少し違って、私は返事をする前に、その一文を読み返した。


金曜日、連れていってくれたのは、駅から少し歩いたところにある和食のお店だった。


「ここ、来たことあるの?」

「ううん。魚がおいしいらしい」

「楽しみ」


メニューを開き、鯛の煮付けと焼き魚の間で迷う。蓮くんも料理の写真を見ていたけれど、やがて、ふと自分の座っている椅子へ目を落とした。


「どうしたの?」

「最近、どこの椅子か気になるんだよね」

「ここのも?」

「うん。つい見ちゃう」


言われて、私も自分の座っている椅子を見た。今まで、座り心地くらいしか気にしたことがなかった。


料理を待つ間に、研修の話を聞いた。覚える商品が多く、椅子だけでも思っていた以上に種類があるらしい。


「疲れてない?」

「疲れる。でも、面白い」

「そっか。よかった」


蓮くんは頷いて、運ばれてきた料理を見た。


鯛の身は、箸を入れるとほろっとほどけた。一口食べて顔を上げると、彼がこちらを見ている。


「おいしい?」

「すごく」


満足そうに笑ってから、蓮くんも食べ始めた。


私も今週の仕事の話をした。ようやく一区切りついた案件があって、話し始めると、途中の細かい愚痴まで出てきてしまった。


「ごめん。今日は蓮くんのお祝いなのに」

「聞きたいよ」

「そう?」


彼は箸で魚の骨を外しながら答えた。


「真帆さんが何してたか、知りたいし」


私はお茶に手を伸ばした。


こういうことを、何でもない顔で言う。蓮くんは私を見て、少し笑った。



店を出てから、改めてお礼を言った。


「ごちそうさまでした。初めてのお給料なのに、ありがとう」

「ご馳走したかったから」


差し出された手を取り、隣に並ぶ。


覚えることが多いと言いながら、蓮くんは楽しそうだった。私にも、あんなふうに働いていた頃がある。今では当たり前にやっていることも、初めてできたときには嬉しかったはずだ。


「何考えてるの?」


顔を向けた彼に、私は笑った。


「私も、仕事頑張ろうと思って」

「今日、そんな話だった?」

「うん。私には」


蓮くんは少し不思議そうにしてから、つないだ手を握り直した。


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