温泉
千歳にはお気に入りの、
アウトドアブランドがある。
「Ds.」
上から下まで、
「Ds.」で包み、
お泊まりセットを、
「Ds.」のリュックに詰め、
装備は完璧のようである。
「黒と灰のご飯は?」
「山盛りにした?」
「お皿 小分けにしといたよ」
「え?仕事行くの?」
目を見開く。
「温泉に行くんだよ」
どうやら 俺の服がご不満らしい。
面倒なんだよ。
いいじゃん「仕事スーツ」で。
「お使い兼ねてのものだからさ」
そう。
遺骨を届ける。
主目的はこれ。
決して温泉旅行で、
浮かれてるわけでは無い。
剣山温泉。
今回の目的地だ。
S市内、都心部から三十分ほど。
街から近い 老舗の温泉郷として名高い、
南区温泉郷。
その温泉街の奥地。
外れにあるのが、
剣山温泉である。
ちなみに、T川の水源地だ。
ここまでは温泉好きとして、
初歩も初歩の蘊蓄であるが、
要らない情報は、
ここが「河童の里」である事。
いや マスコットキャラとして、
河童なのよ ここ。
それは知ってる。
誰が本当の
「河童の里」
だなんて思うよ……。
そして土砂降りである。
この辺の秋は長雨だったりする。
「ついてないねぇ」
「雨のドライブ、」
「俺は好きだけどな」
「ドライブはね」
「露天風呂も、」
「土砂降りなんだよねぇ……」
ああ、そうか。
雨の勢いによっては、
オツとか言ってられない。
T川の上流沿いの道。
結構な濁流になってる。
「河童の川流れ……」
何故かそんな言葉が出た。
お泊まり予定の、
剣山温泉を通り過ぎて、
更に奥地、
ダムの方に向かう。
ダムも、
この時期は紅葉の観光地になる。
環境に配慮した、
電動バスで景観を楽しむらしい。
ある とは知っていたけど、
行ったことのない集落へ向かう。
山道から少し下がる。
上から集落を見下ろす感じになると、
晴れた。
雨上がりの、
綺麗な紅葉が照らし出される。
赤より赤い。
小さな盆地に、
数えられるほどの家屋。
山の斜面にはお墓も見える。
集落に入る前の橋の手前で、
一旦停まる。
「ここよね?」
「だと思う……」
「で、訪ねる人が……」
「川北さん」
「どの家?」
「知らない……」
「おい」
よし。降りろ。探すぞ。
と、
男前な千歳さんに促されて、
小川を渡る。
少し気になることが……。
大抵の集落は見れば、
何を営んでるか何となく分かる。
畑だったり
漁村だったり
ここ 住宅街?
いや 街と言うほど 家は無いけど。
赤蜻蛉に集られながら、
一軒目を訪ねてみる。
……と、手が止まる。
廃墟だ。
気になってたのは 気配もか。
無いね。
静かなものだ。
もう少し散策する。
藪の中 というわけではない。
人が手入れしてる気配はある。
本当に、
何をして暮らしてるのだろう。
小川しかない……。
「表札見た?」
千歳が声をかけてきた。
「表札?」
「ほら」
指差す。
川北
「ああ、ここか」
「そうじゃなくて、」
腕を引っ張られる。
「ほら」
違う家を指差す。
川北
は?
「察するに……」
「全部『川北』さん?」
「おそらく」
わからないより困る。
なら 適当に訪ねるか。
と、
「何用じゃ?」
出てきてくれた……
……可愛い女の子?
「あ『川北』さんに、」
「用事があったんだけど、」
「この辺、全部『川北』さん?」
「川北しかない」
「他は居なくなった」
…どう 捉えればいいのかな?
「おじさんは、」
「この人の希望で、」
「お骨を届けに来たんだよ」
「ああ 正三か 聞いておる」
「こっちじゃ」
と、
山腹に向けて歩き出した。
「お父さんとか、お母さんは?」
「幾つじゃと思っとる?」
え?
五、六歳?……。
「大正生まれじゃわ」
一気に 寒気が来る。
そうだった「感染者」の村。
俺の 浅い常識なんて通じない。
同時に、
千歳の常識も通じない。
はっ として顔を見る。
ニコニコしてる?あれ?
「他のみんなは、どうしたの?」
「今はもう わししか居らん」
「寂しゅうなった……」
「正三も逝ったか……」
程なく、さっき遠目で見た、
お墓にやってきた。
川南、川西、川東、川中
川北
それぞれの、
「家」の墓ということなのかな?
その五つしかない。
規則正しい配置で、
敷地の真ん中に 川中。
…なんか、
後付けで家名 刻んでる感じ?
文字だけが 荒々しい。
「それ 川北の……」
「そこ開けて……」
「そうそう しまっておくれな」
墓石の土台部分に、
石を動かせる所がある。
開くと物を仕舞うスペースがある。
小さな骨壺が沢山並んでた。
「溶けてなくなる者が多い」
「正三は幸せだ」
「わしも長くはなかろうて……」
風が吹く。
赤より赤い
紅葉を揺らして。




