第37章 この嘘つき坊や!
第37章 この嘘つき坊や!
*
「全部聞いてたのか?」尚也は本来、彼にまで余計な心配をかけさせたくなかった。
「うん、全部聞いてたよ、」神代は淡々と言った。「先生には腹が立つけど、家族になった以上、見殺しにはしないよ。僕の新作はもう完成してて、明日契約するんだ。本来なら印税が入るまで数週間かかるけど、出版社に頼んで最速で支払ってもらうようにする。」
尚也は呆然とした。「お前の手はまだ治ってないだろ、いつ新作を描き上げたんだ?」
「ああ、それ。左手で描いたんだよ。もう左手で描くのにも慣れたから。」神代は後ろめたそうに弁明した。
「そんなことは可能かよ?」尚也は孝志のスケッチブックを持ってきて、彼に実演してみせるよう促した。
神代はサラサラと数筆で、セクシーな男性の姿を描き出した。
「嘘だろ、お前は神様か? こんなこと本当に可能なのかよ?」尚也はスケッチブックを持ち上げ、左右からじっくり眺めた。
神代は視線を他所へ逸らし、幸子は小さく溜息をついた。
「あっ!」尚也は突然ハッと気づいた。「お前、まさか元々左手で絵を描いてたんじゃないだろうな!?」
*あぁ、やっと気づいたわ、*と幸子は胸を撫で下ろした。尚也は優しすぎるあまり、時折少し鈍臭く見えることがあり、本当に心配させられる。
「……あぁ。」神代もこれ以上嘘をつき続けるわけにはいかなかった。
「この嘘つき坊や!」尚也は突進して彼を抱きしめ、深く長~い溜息をついた。「絵を描く方の手を炒めてなかったんだな……これでやっと安心できるよ。」
神代は彼の背中を撫でた。「ごめんね、尚也。」
*
お金の問題が解決し、尚也は心から安堵した。彼はその絵をスケッチブックから破り取り、寝室へ戻って深町に吉報を報告した。
「神代くんが助けてくれるの?」深町は少し不思議に思ったが、どこか納得もできた。彼は尚也を愛しすぎていて、彼が悩む姿に耐えられないのだ。
「分かってるよ。あんたが一番心配してるのはお金のことじゃなく、学術的な名誉が傷つくことだって。是正処置の後にクリニックを再開できるとしても、研究費を失い、顧客も一部離れて、今後の道は厳しくなる。全部俺のせいなのに、俺は何も手伝ってあげられない……ごめんな、嫁さん。」
彼の申し訳なさそうな表情が、なんというか……深町は眉をひそめた。*ヤバい、なんでこんな時に突然すっごくその気になっちゃうのかしら? 本当に淫乱で悪い女ね。*
*
コトが終わった後、深町は満足そうに尚也にキスし、再び彼に神代のところへ行くよう勧めた。
「でも俺、彼に対してそういう感情はないんだって。」
「何回か試せば湧いてくるわよ。」
「適当なこと言うなよ、性指向は生まれつきだろ。」
「じゃあその生まれつきを打破してみなさいよ。尚也、運命は自分で切り開くものよ。頑張って!」
尚也は気まずそうに引きつった笑いを漏らした。あまりにも荒唐無稽に思えたのだ。彼は身の下からさっき神代が描いた絵を引き抜き、鑑賞するフリをして話を誤魔化そうとした。
深町はその絵を受け取って見つめると、プッと吹き出した。「尚也、見てみなさいよ。神代くん、あなたの体をこんなに淫靡に描いてるわ。彼、絶対に毎晩あなたとエッチする妄想をしてるわね。」
「バカ言え、これは俺じゃない。」尚也は絵を取り戻したが、見れば見るほど自分にそっくりだった。「琉華のやつ、まさか俺を自分のBL向けH漫画に登場させてないだろうな……?」
深町はくすくす笑うだけで何も言わなかった。
将来、自分が広大なゲイ界隈の妄想の対象になるかもしれないと思うと、本当に全身がムズムズして痒くなってくるようだった。しかし琉華はすでに描き上げてしまい、その印税で深町の学会への賠償金を払おうとしてくれているのだ。今更彼を責めて原稿を破棄させろと要求するなんてできるだろうか?
無理無理、絶対に不可能だ。
それに、深町のためにこれほどの犠牲を払ってくれるのだから、それくらいは当然の報いかもしれない。
**
由弥と赤ん坊の経過は良好で、プロのベビーシッターや栄養士の世話もあるため、何の心配もなかった。半月余り滞在した後、幸子と孝志は北海道へ戻ることを決めた。彼女は事前に一週間分の「滋養強壮薬膳」を作り置きして冷蔵庫に入れ、尚也に毎日一食ずつ食べるよう念を押した。
「母さん、毎日こんなの食べてたら、今日の早朝鼻血が出ちゃったよ。」
「あら嫌だ、栄養分が迷子になっちゃったのね。なんで下に降りていかないのかしら? 本当に頭の悪い栄養分ね。」
「ウナギとナマコがどれだけ賢いと思ってんだよ。余計な心配するなよ。」
幸子は尚也を寝室に引きずり込んだ。「この分からず屋。先生は今あなたに新鮮味があるから不能でも耐えられてるけど、あと半年経ってみなさい?」
「ハハッ、母さん、ついに本音を口にしたな。北海道に帰るまで我慢しておけばよかったのに。俺はあんたとこんな話したくないぞ。」
幸子は指で尚也のおでこを強く突き、言った。「あんたがこんなに面の皮が薄いなんて覚えてないわよ。病気になったことも私たちに隠してさ。早く言ってくれれば早く解決策を考えてあげられたのに。そしたらもう治ってたかもしれないでしょ。」
「母さん、俺のは心の問題なんだよ。有紗がもう解決策を見つけてくれたんだ。ただもう少し時間がかかるだけで。彼女だって治す自信がなきゃ俺と結婚なんてしないだろ? だから余計な心配はするなよ。薬膳は美味いからちゃんと食べるよ。」
「いい子ね、さすがママの一番大好きな子だわ。」
「調子いいこと言うなよ。結婚して子供作ったら10億やるなんて嘘ついて、結局何もなしじゃないか。」
「ごめんね尚也。でもママは、あんたがママを責めたりしないって高を括ってたのよ。でもね、10億はないけど、数百万円ならあるわ。あんたと先生の結婚式の費用、パパと私が出してあげるのはどうかしら?」
「いいよ、数百万円くらい俺だって持ってるからさ。二人の老後資金に取っておきなよ。」
**
一週間後、神代は予定通り印税を前借りし、深町の罰金を支払った。
「本当にありがとう。」深町は彼に深く頭を下げた。
「本当に感謝してるなら、尚也と離婚して別の街へ引越しなよ。」尚也がまだ退社していないのをいいことに、彼は深町に対して容赦ない口調で言い放った。
「離婚は遠慮しておくわ。来週から私、病院の手配で広島へ20日間の入職研修に行くの。家にいるのはあなたたち二人だけだから、どうぞ心置きなく彼を誘惑してちょうだいに。」
神代は眉をひそめた。「あんた頭おかしいんじゃないの? 誰がそんな風に妻をやるんだよ?」
「尚也の価値観ややり方を尊重すること、それこそが私の彼に対する愛なのよ。琉華くん、もしこんな絶好のチャンスを逃すようなら、私、心底失望しちゃうわ。」
「誰を見下してんだよ!」
**
深町はクリニックを閉鎖することを選び、安住医師の紹介で彼が勤める病院の精神科医となった。
「以前の私は学術研究に執着して、一日に一人しか患者を診なかった。料金が高額だったから、患者も富裕層に限られていたの。これからは臨床の最前線に飛び込んで、多様な人々と広く接し、十分な経験と素材を蓄積するわ。その後、もし機会があれば、また研究に戻るわ。」
「楽な仕事じゃないぞ、嫁さん。覚悟はあるのか?」
「ないわ。」深町は尚也の胸をぽんと軽く叩いた。「行き当たりばったりで行くわよ。」 彼女にはすでに法定のバックアップ(夫)がいるのだから、何も怖くなかった。
「よし、」尚也は愛おしそうに彼女を抱きしめた。「どうせ俺たちにはパトロン(神代)がいるんだから、いっそ夫婦で会社を辞めて、自宅で琉華のアシスタントでもやろうか。琉華、どう思う?」
神代は洗い途中の花瓶をシンクに重々しく叩きつけ、プンプン怒りながら言った。「ダメに決まってんだろ!」
深町は怖がるフリをして、尚也におねだりするように甘えた。「あなた、見て、琉華くんが怒っちゃったわ。一体どうしましょ?」
尚也は深町のこんな姿を滅多に見ないため、一瞬でメロメロになり、頭を下げて彼女にキスしようとした。すると神代が銀のスープスプーンをひっつかみ、猛然と叩きつけた。「チューすんな!」
**




