第35章 尚也、迎えに来たわよ
第35章 尚也、迎えに来たわよ
*
深町は注文住宅部の前で立ち止まり、大声で言った。「すみません、涼森尚也さんはいますか?」
彼女の声は冷たい泉のようでありながら、抗えない大人の女性の魅力を撒き散らしていた。
野田が立ち上がり、奥を指さした。「小会議室にいます。失礼ですが、どちら様で……?」
「彼の彼女よ。」
「彼女……?」野田は眉をひそめた。*まさか尚也がEDだってことを知らないんじゃないだろうな?*
木下が立ち上がって言った。「深町先生ですね?」
「先生? あんたが尚也のEDを治療してるっていうあの心理カウンセラーか?」野田はさらに訳が分からなくなった。「じゃあ彼がダメだって知ってるのか?」
深町は微笑んだ。「ネットの噂をご覧になったようね。でも、デマは智者に至りて止む、と言うでしょう?」
*
木下は深町を小会議室の外まで案内した。
深町はドアをノックし、高らかに言った。「尚也、迎えに来たわよ。」
深町の声を聞いて、尚也は思わず泣きそうになった。この部屋からどうやって出ればいいのか分からなくなっていたところへ、救援が駆けつけてくれたのだ。
立ち上がってドアを開けると、尚也の目に飛び込んできたのは光彩陸離たる深町の姿だった。確信に満ちた笑顔を浮かべ、指先をくるりと回してポルシェのキーを取り出すと、笑みを湛えて尋ねた。「涼森尚也さん、私と結婚してくれるなら、これをあげるわ。」
尚也は深町が何をしているのか分からなかった。昨夜すでに求婚に成功していたはずなのに。彼が首を傾げて尋ねようとした瞬間、深町に首を抱き寄せられ、つま先立ちした彼女から情熱的なキスを贈られた。
周囲から歓声が上がった。
この長いキスを終えると、深町は振り向き、誇らしげに宣言した。「皆さん、涼森さんは同意してくれました。」
加藤来夢が真っ先に立ち上がり、拍手と歓声を上げた。「課長、おめでとうございます!」
みんなも拍手で祝福し、野田でさえ溜息をつきながら言った。「尚也、おめでとう!」
深町は尚也の手を引いた。「行きましょう、今すぐ届出を出しに行くわよ。」
*
尚也の顔から陰りが一瞬で消え去った。彼は振り返り、午前中ずっと作成していた資料を抱えて木下に手渡した。「最後の仕上げを頼む。今夜は中村さんも誘って、家族と一緒にご飯でも食べてお祝いしよう。」
木下は彼の肩を叩いた。「もちろんだ、俺の奢りだ。」
尚也は手を振った。「俺の嫁さんに奢らせろって!」
*
尚也は深町の手を握り、意気揚々と注文住宅部を出て廊下へ出た。周囲に人がいないのを確認すると、急に顔色を変え、頭を下げて小声で言った。「先生、トイレに行きたい。」
深町はプッと吹き出した。「早く行きなさいな。」
彼女は壁に背をもたれかけ、トイレの外で彼を待った。中から出てきて彼女にびっくりする男性陣一人ひとりに向かって、「涼森尚也を待っているのよ」と言い放った。
トイレの中では、数時間我慢していた尚也が心ゆくまで放尿していた。隣の同僚が羨ましそうに言った。「それだけの勢いがあれば、どう見てもEDには見えないけどな。尚也、ネットのあれは絶対にガセネタだろ?」
尚也は突然、もうどうでもよくなった気がした。首を振り、笑って言った。「デマじゃないよ。でも俺の嫁さんが治してくれるからさ。」
**
「この車、本当に俺にくれるの?」尚也は目を丸くした。
「当たり前じゃない。自分の男は自分で甘やかすの。」深町は車のドアを開けた。「尚也、あなたが運転して。」
新車の香りが人々を酔いしれさせた。尚也は思い描いていた格好良い動作でエンジンを始動させ、自分自身の格好良さにすっかり痺れてしまった。
深町は子供のように喜ぶ彼を見て、クスクスと笑い転げていた。
「わあ! 次の瞬間、変身しちゃいそうな気分だよ。」
「何に変身するの?」
「ピンクパンサー!」
「ハハハ、じゃあピンクの車に買い替えに行く?」
「いらない、ブルーが俺の色だから。」
「ええ、尚也はまるで蔚藍空のようね。あなたを見上げるだけで、気分が良くなるわ。」
**
神代が尚也に関するネット上のニュースに気づいたのは、すでに午後のことだった。ショックを受ける間もなく、ただ尚也のことが心配でならなかった。しかし彼のスマホはいくらかけても繋がらない。会社に電話すると、休暇を取って退社したと言われ、仕方なく深町の携帯に電話をかけた。
「ハイ、琉華、どうしたの?」
深町の楽しげなトーンを聞いて、彼は焦りと怒りを募らせた。「尚也はどこだよ!?」
彼の声があまりにも大きく尚也にも聞こえたため、大声で言った。「ここだよ琉華! お兄ちゃんに何か用か?」
深町はスピーカー通話に切り替えた。
「この大バカ! ネットで君がEDだってニュースが大量に拡散されて、BL界隈まで知れ渡ってるんだぞ!」
尚也は首をかしげた。「なんでBL界隈が素人の俺に関心を持つんだ?」
神代は沈黙した——尚也をモデルにしたキャラクター設定をすでに公開していたからだ。
「大丈夫だよ、」尚也は逆に彼を慰めた。「ネットのニュースなんてすぐ消えるさ。俺は気にしないよ。EDなだけで死んだわけじゃないし、絶対に治るからさ。」
神代は眉をひそめた。「は? EDって本当なのかよ!?」
「えーと、あー。」
「でもバレンタインの日、僕に……触られて……硬くなったじゃないか!」
一気に気まずい雰囲気が漂い、尚也は「ハハ……」と二回引きつった笑いを漏らした。この件は客観的には彼のせいでもあるが、全般的に言えば自分の耐性が低すぎたからだ。今やり直せるなら、絶対にこんなことにはならない。
*
深町はくすりと笑い、彼の代わりに答えた。「男性は仕事のストレスが大きいと、たまにそういう状態になることもあるのよ。大したことじゃないわ。」
神代は冷笑した。「フン、知ってたんだろ。じゃなきゃプロポーズに同意するわけないもんな。噂の心理カウンセラーってあんたのことだろ。どうやってカルテが漏洩したのか言ってみろよ!」
「元夫の仕業よ。」深町の顔色が瞬時に陰った。
教授が優しい言葉で自分を精神的にコントロールしていたことに明確に気づいていたとしても、それが愛ゆえだと信じていた。それに、あのとき彼が酷い捨てゼリフを吐いたのも、単なる腹いせの発露だと思っていた。本当に報復してくるとは思っておらず、心底失望していた。だが、自分の情報を消していたことだけが、最後のわずかな情けだったのかもしれない。
「元夫ってどこのどいつだ!? 教えろよ、そんな陰で人のプライバシーを撒き散らすような卑劣な手段なら僕だってできる、報復してやる!」
尚也は慌てて制止した。「いいって。見知らぬ奴らに知られたところで、俺に実質的な影響はないからさ。そんなことするなよ、琉華。心を穏やかにして、しっかり怪我を治して、一日も早く漫画家生活を再開しろよ。」
「尚也、あんた悔しくないのかよ!?」
「もうすぐ区役所に着いて、セクシーな女医さんと婚姻届を出して、ポルシェまで貰ったんだぞ。」
「尚也、家も一棟あるわよ。明日あなたと契約して、花開く街に私たちの夢のマイホームを建てる予定なの。」
「いいね! 社員割引にしてやるよ!」尚也はさらに上機嫌になった。「でも今残ってるのは、琉華の家の隣の土地だけなんだよな。」
「ちょうどいいじゃない?」
「最高じゃないか! 琉華、聞こえたか? お兄ちゃんが将来お前の隣人になって、たっぷり可愛がってやるからな。」
電話の向こうで、神代は忌々しそうに思った。*この女、まるで付き纏う幽霊みたいに離れないじゃないか!*
*
「あのさ、」尚也は躊躇しながら尋ねた。「母さんたちもこのニュース、知っちゃったのかな……?」
「本当は知らなかったのよ。でも由弥がニュースを見てお母さんに電話で教えちゃったの。でもお母さんは『知らなかったフリをする』って言ってて、私と由弥にも『知らないフリをして、この件は絶対に聞いちゃダメ』って言ってたわ。でも、あなたには伝えておいた方がいいと思って……。」
尚也の視界が暗くなった。「じゃあ、俺も『二人が知っていることを知らないフリ』をするしかないな。お前、絶対に口を滑らせるなよ。」
**




