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酒とポートレートの日々・1

若いということは、ここフランスではあらゆる愚かしさの免罪符にならない。

それは10代の自分にとってもはっきりわかる。


窓から漏れる陽が高く上った後にならないとはっきりと目が覚めない。

昨夜の深酒と放蕩の疲れが体に残っていて、ベッドから起き上がるには軽い決心と勇気が要る。

マリヤ・オルロフスカヤは枕もとの水差しからぬるい水を一口飲み、乱れたベッドからやっとの思いで体を離した。

だがいったん起きると彼女は活発に動き出す。

寝坊でけだるい体を入浴で目覚めさせ、髪をすかして身なりを整えると(肌も髪も若さのおかげで疲れを引きずっていない) 午後遅い昼食をとりにモンパルナス大通りのカフェに出かける。

なじみの芸術家たちの一団と顔を合わせ、そこから終わりのないおしゃべり。

彼らの取り巻きやパトロン、画商、詩人にモデルたちと一杯のコーヒーで際限のないさざめきに興じる。

かと思えば突然フロアの反対側から政治批判や思想同士のぶつかり合い、譲れない芸術観の対立が始まり、殴り合いのけんかに発展することもしばしばだ。

大抵は酒が入っていたので周囲のとりなしでその場は収まるが、相手の心に深い刺し傷を残したことに気づかず、手痛いしっぺ返しを食らうものも多かった。

例えば多少売れてきた際に掌を返されたり、依然借りた金に法外な利息をつけて請求されたり。

そしていつの間にか心が荒み生活は破綻し、仲間たちが集まる場所から足が遠のく。

カフェに集う人たちの記憶からも、歴史の記録からも消えてゆくのだ。

狂乱のベルリン以上に、そんな、自意識と自己愛に溺れ死ぬ者は多かった。


夜は着替えに戻ったスノッブな高級住宅街のアパルトマンからタクシーで繁華街に出かけ、カバレットや酒場でバカバカしいおふざけのパーティーに興じる。

仮装パーティーや男女逆転恋愛パーティー、店内に大きなプールの有るカフェでの深夜の水浴。水着は活動的になった女性たちのためにデザイナーが次々と発表しているものだ。

酒に酔い、女を追い、服を着たままプールにはまる男たちは後を絶たなかったが、たいてい足をとられ水を飲んで、大騒ぎになった。

夜明けにまた車を飛ばして1区のレ・アールの街へ赴き、ビストロであめ色に炒めた玉ねぎの暑いスープを疲れた体に流し込むのももはや日常になった。

壺に入った黄金色のスープに、カリカリに焼いた薄いトーストとすりおろしたチーズが何層にも重なって沈み、表面はオーブンでさっと焙られ香ばしい焦げ目がついている。

夜通し遊んだ紳士淑女たちは、酒臭い息を吐きながら、この熱く湯気を立てた液体をすする。

玉ねぎに混ぜられたニンニクが、なけなしの体力を回復させてくれるようで、マリヤは街の屋根の間から差し込む夜明けの薄明を心高ぶらせて眺めたものだ。

やがてメトロや市電が動き出し、コートに帽子の勤め人たちが、勤勉に押し合いへし合いしながら街に広がっていく。

そんな働きアリ達を眺め終わると、ボヘミアンたちはアパートに帰って寝る。

自分たちの勘定が誰によって払われているか、そんなことはわからない。

絵が売れたもの、詩集が評判になった者、小説が批評家に褒められ思わぬ印税が入ったもの。はたまたパトロンの貴族夫人が子飼いの若い芸術家に気まぐれな小遣いを弾んだ日。

理由は何でもよかった。芸術家たちは自分はその恩恵を被るに足る、その価値のあるものだと信じて疑わなかったから、尊大な態度で利益を受け取るだけだった。

そんな、勤勉に働く庶民の目をひそませるような生活が、若いマリヤには何より楽しかった。

彼女はまだ何物も生み出していない。でも、そのことに気づく暇はなかった。



1930年代のパリはヨーロッパの東から追われた者たち、世界中からの夢を追う者たち、そして忘れられた者たちを貪欲に飲み込む坩堝であった。

モンマルトルからモンパルナスへ、セーヌの岸辺からサン・ジェルマンへと、さまざまな言語と溜息が渦巻いていた。

その喧騒の只中に、亡命ロシア人の令嬢マリヤ・オルロフスカヤは静かに、しかし確かに自分真の足で立っていた。

彼女はカフェ・ド・ラ・ペやル・ドームのテラスに姿を現すたび、人々の目を引いた。

黒髪にほとんど黒に近い深い藍色の瞳、北ロシアの雪原を思わせる白い肌に、どこか南方の熱を宿した唇。

ロシア帝国内のオデッサにルーツを持つにもかかわらず、コーカサスに近いその血がもたらしたエキゾチックな美貌は芸術家たちの注目の的となった。


「ようこそマドモアゼル、また来てくれたね!」


画家たちは我先にと彼女を囲み、芸術論議に引きずり込んだ。

『印象派』の影がまだ色濃く残る時代、シュルレアリスムやキュビズムの旗手たちが新しい美の形を求めていた。

マリヤは微笑みながら彼らの熱弁に耳を傾け、時に軽く受け答え、時に優雅に煙草の煙を吐いた。

すると今度は、若いモデルたちから嫉妬の視線が突き刺さる。

彼女の若い肢体はダンスで鍛えられたしなやかさと張りを持ち、どんな粗末な椅子に腰掛けても一枚の絵画のように見えた。

そんな『旧き良き』日々が続くうち、マリヤはたちまちパリ中のボヘミアン界隈での人気者となった。

在パリ亡命貴族たちのネットワークが彼女の背中を押した。

彼らはかつてロシアの帝都サンクトペテルブルクのサロンで育った者たちで、ロシア・バレエ(バレエ・リュス)やクチュール、宝飾品、香水の世界に太いパイプを持っていた。


やがてマリヤは、モンパルナスの裏通り近くに小さな写真スタジオを開いた。

看板には「マリヤのアトリエ」とだけ簡潔に記されている。

ベルリン仕込みの技術をもった彼女のスタジオは話題になり、映画や舞台の女優、男優たちが続々と訪れ、彼女のレンズの前に立った。

柔らかな自然光を巧みに操り、被写体の内側からの輝きを引き出す手腕は評判を呼んだ。

ある日はサルバドール・ダリが、奇妙な髭を震わせながらやってきて、スペイン語で熱く語り始める。

マリヤは流暢にフランス語に通訳し、画家お気に入りの写真を撮りあげた。

「あなたはロシア人でありながら、まるで黒海の娘のようだね」と、ダリは言った。

ガブリエル・シャネルの前でも同じことだ。

シャネルは彼女の立ち姿を一瞥すると、満足げに頷いたという。

マリヤ自身も、時折モデルとしてカメラの前に立った。

ダンスで磨かれた背筋はすっきりと伸び、優雅に流れる首から肩、腕の線は、写真家たちを魅了した。

古い伝統の渦巻くロシアの亡命者ながら、彼女はパリの新しい波に自ら溶け込んでいた。

夜になると、マリヤは「蝙蝠座」と呼ばれるキャバレーに足を運んだ。

8区シャンゼリゼ通りに位置するこの店は、古くはフェミナ劇場と呼ばれた由緒ある舞台で、在パリ亡命ロシア人たちの聖域のような場所だった。

コサック調の音楽が流れ、亡命貴族たちが古い歌を低く口ずさみ、詩人や画家、音楽家たちが酒を酌み交わす。

そこに現れるマリヤの姿は、まるでロシアの森から迷い込んだ妖精のようであった。

彼女はその店で数え切れぬ人々と出会った。

落ちぶれた元将校、未来を夢見る若き振付家、孤独な小説家、そして近いうちに訪れるであろう運命の変転を予感させるような、幾つもの視線と囁き。


パリはマリヤを飲み込み、マリヤもまたパリを貪欲に味わっていた。

1930年代という輝きと影が交錯する時代の中で、彼女は自らの人生を一枚の写真のように切り取り、焼き付けようとしていた。

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