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ユーゲントと言う名の嵐

シュタージことアナスタシア・オルロフスカヤは14歳になった。

華やかな姉と違い、自分の容貌に夢を抱かない彼女は本の道で生きることに決めていた。

とはいっても小説家や詩人を志したのではない。勤労女性を目指したのだ。

図書館アカデミーに通い図書館学を学んだ後、ベルリンの図書館で司書として働き始めた。

貴族の娘が、女性の権利を認める法律を持つワイマール共和国下で、階級差のある一般市民階級の女子と机を並べて学び、書類選考を経て働くことは、姉マリヤや親戚たち、デモ事件後に親交を持つようになったドイツ共産党員のウルズラにまで反対された。

「何不自由ない貴族のお嬢さんが庶民ごっこをした挙句、民衆の働き口を奪うの?」

書店員として働くウルズラはこう毒づくが、シュタージは一切意に介さなかった。

本と図書館と言う知識と知性の集合の中にこそ、なにより自分の身の置き所を得たい。

感情や嫉妬や怒り、女性に向けられる欲望や暴力はまっぴらごめんだった。

その点、傷つきながらも上流階級の大人たちと交わり、利用し利用されながら自分の生き方を模索している姉は強いと、妹は内心舌を巻いていた。


羨ましいとは思わないけど。


一方15歳になったマリヤ・オルロフスカヤはドイツを出る決心をした。

自分のような祖国から拒否され、追われるように身を寄せた孤児を受け入れ、市民生活をさせてくれ、育ててくれた街ベルリン。そしてドイツは大好きな国だが、あえて自分の知らない地に渡りたくなったのだ。


万博の成功に沸くパリに渡ることにした。

貴族の教養として、フランス語は不自由なく日常生活が送れるほど堪能だ。

幸い、出自を生かしベルリンで富裕層の肖像写真撮影の経験を積んだマリヤは、パリでも顧客になってくれる顧客候補を既につかんでいた。


「一緒に行こうよ、シュタージ」

図書館の仕事から帰宅したとたん、希望に顔を輝かせた姉から持ちかけられたパリ行きは、妹の心を大いにざわつかせるのに十分だった。

貴女だって、ベルリン以上にいろんな国から、色んな才能が集まって日々刺激しあうパリの街は興味あるでしょう、ワクワクするでしょう?


だが、シュタージは静かに姉の目を見た。

「集まってくる才能は、それはキラキラしていると思うわ。姉さんはそういう、自分の治世を刺激するものに目がないことも知っている。

でもね、その俊才たちが住んでいる街の外側、写真で見た芸術家たちがたむろするセーヌ川のはずれの運河沿い、そうしたところで埃と汚物にまみれて住んでいる、貧しい人々はここドイツと一緒よ」

「なあにシュタージ、あなたすっかり共産主義者に染まってしまったの? あれほどボリシェビキたちにひどい目にあわされたのに」

分かっている。

急進的革命主義者たちの勢いは恐ろしい。

個々の人の気持ちなど無視して飲み込んで、そうしてすり潰して邁進していくものだ。

でも、それはどこも一緒じゃないの? 姉さん。


「そうね。私はもう少し、この国で自分に何ができるか、いろいろやって考えてみるわ。そのあとでパリに渡るかもしれないし、よそに行くかもしれない」


姉マリヤはたいそう驚いた風だったが、妹は、家族を置いて華やかな地に逃げる姉、という風評を恐れた日和見だと見抜いていた。

「そう、じゃあなたが来る日を待っているわ」

静かな声で答える姉は、既に大半の荷造りを済ませていた。

シュタージは涙も抱擁もなく(姉からのそれはたいそう大仰だったが) 姉の列車を送り出した。


1929年秋、ロンドンに端を発した『大恐慌』は、アメリカや敗戦国ドイツの経済を激しくに破壊した。

引鉄となった株価暴落の直前、ベルリンで将来有望な建築家と結婚していた共産党員のウルスラは、夫の仕事に同行するという名目で、上海行きの大陸横断鉄道に乗りアジアへ渡った。

ベルリンの街はナチの褐色のシャツを着た突撃隊と、共産党、社会党ら野党との激しい闘争の舞台になっていた。

1930年9月14日のドイツ国会選挙では、ナチ党は107議席を得てドイツ第二党に躍進した。

ちなみに第一党は143議席のドイツ社会民主党、第三党は77議席を獲得したドイツ共産党である。


本当はこの職場の位置は不快極まりない。

フンボルト大学の本館と図書館、ウンターデンリンデンの通り沿いに建つソビエト大使館。

(ドイツがソビエトユニオンを認めてから、元のロシア大使館が接収されたのだ)

市電の駅からバッグと書物を抱えて歩くシュタージの耳に、暴徒の叫び声と人が人を殴るときの打撃音、逃げ散らかす際の大勢の足音が聞こえてきた。

まだだいぶ距離がある。

逃げ出さなくて大丈夫。

そうね、革命の暴徒に追われてドイツに逃げてきた自分が、ここベルリンでデモ隊の暴力から逃げるタイミングを計っている。

なんて滑稽なんだろう。

変わらず地味な服装に身を包んだシュタージは、職場である旧王立図書館(アルテ・ビブリオテーク)に向かって歩きながら、武力衝突を繰り返す労働者集団とナチ党員たちデモ隊を睨みつけていた。

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