ベルリンの日々・3
「次はチャイコフスキーを頼むよ」
ロシア人のたまり場になっているカフェーレストランの一階、いつもなら店お抱えのピアニストが音楽を奏でているはずの席に、マリヤ・オルロフスカは座っていた。
ゆるく巻きあげた黒い髪に白い首とすんなりとした二の腕をあらわにしたイブニングドレス、ふわりとチュールのストールで、申し訳程度に肌を覆っている。
にっこりと優美にほほ笑むと、帝政ロシアの大作曲家チャイコフスキーの即興曲を弾き始めた。
ロシア時代、幼い時から厳しく教え込まれたピアノの腕はプロはだし、とはいえ食い扶持を得るために店で弾いているのではない。ただ楽しみのために『人前で』演奏しているのだ。
当然本来その場にいてプロとして演奏するピアニストの仕事を奪うわけだから、それなりのチップは払っている。
それでもロシア、ドイツ、アメリカ、フランスの男たちはマリヤにピアノを弾かせたがった。
美しい容姿と優雅な身振り、そして元貴族という出自の若い娘を亡命者の男たちがほっておくわけもない。一通り弾き終わると、今度は楽団の演奏が始まった。
憂愁に満ちた弦楽とピアノの演奏に乗り、白いひげの老人が躍り出した。
「マリヤ嬢、踊っていただけますかな?」
マリヤはほほ笑んで、老人に手を取られて立った。
老人の名は知らない。だがロシアの文壇では高名な作家だったらしい。
在ドイツロシア人作家のグループに属しながら、日々カフェやビヤホール、キャバレーを梯子しては憑かれたようにダンスに興じる、この一帯では有名人だ。
パシュッと小さな音がして、やや離れた席でまぶしい光が広がった。
驚いたマリヤがステップを止めると、老人が笑いながら囁いた。
「驚かせてすまないね、お嬢さん。怖がることはないよ。あれは『カメラ』と言って、対象を絵のように残しておくための機械だ」
写真自体は知っている。
幼いとき、写真技師が来て屋敷で家族の肖像写真を撮影した。
その時はたいそう大きな機械で、助手が何人もつき、終わりましたと解放されるまでかなりの時間がかかった気がする。
今はこんなに小さい機械なのか…
「カメラに興味があるのかね?」
「ええ素敵。この瞬間をこのままに記録するってとてもロマンティックですわ」
「それじゃ後で出来上がった写真を届けさせよう。美しいお姫様」
微笑を投げかけただけでちやほやされる、それを目当てに社交の場に行くのではない。
これは戦いだ。
親戚がいるとはいえ両親を失い、妹と共に異国で暮らさなければならない『若い女』の闘争だ。
たとえ安っぽく見えても無節操に見られても、人とつながり顔を売り、自分を売り込み、支援者と言う名の防波堤を築く。
これは命のかかったパフォーマンスなのだ。
優雅な流行のドレスを着て楽器を奏で、何か国語も操りダンスをこなす。
『健気で』美しいマリヤは亡命ロシア人たちのミューズとして注目され始めていた。
華やかな姉の振る舞いに反し、妹のシュタージはますます社交界から遠ざかった。
「私は地味だから」
「気乗りしないから」
「ドレスもダンスも化粧も嫌いだから」
かといって家に閉じこもっている娘ではない。
シュタージの行く先は書店だった。
亡命ロシア人が経営する広い書店。薄暗い奥まで続く書棚の中にはロシア伝統の小説や紀行本、伝奇文学や詩集だけでなくドイツに逃れてきたロシア人作家の新作小説、評論本が整然と並んでいる。
店には絶えず亡命ロシア人の出入りがあり、高名な作家や社会思想家、詩人や政治家などもいた。
ソヴィエト・ロシア寄りの姿勢の大人たちも多く、自分はいずれソヴィエトに帰ると公言する男たちもいた。
シュタージが地味なワンピースに化粧っ気のない顔で助手を務めている姿は、派手な姉を知る文化人たちには奇妙に思われたかもしれないが、そんなことは知ったことではない。
自分で働く、自分がいる場所を作る、それが何より大事なのだ。
姉は自分の魅力でその場所を確保しているが、自分は労働と「本」で得た知識、そして大人たちを観察して得た世渡りの力で生きていく。
眼鏡の下で無害そうな目を見開きながら、シュタージは自分が生きる術を模索していた。
だがその振る舞いは、姉のマリヤとはまた違った意味で、親戚たちを不安にさせるだけだった。
「狂乱の20年代」
それはのちにこの時代について最も多く語られる言葉となる。
誰もが生き急ぎ、今を楽しもうと必死だった。
楽しむ余裕のない者たちは、自分の置かれた場所を確かなものにしようと生きるのに心を砕いた。
「マリヤ嬢、これを覗いてごらん」
ダンスカフェの一角で、白髪に白いひげの老人が呼ぶ。
マリヤはドレスのすそをひるがえして老人の隣の席に座った。
すかさずシャンパンのグラスが目の前に置かれる。
踊って火照った少女の体と心に、冷えたシャンパンは格別に沁みる。
「これは何ですか?」
「これはね、リリパットという写真機だよ。このレンズに風景や人々の姿を取り込んで、中に収蔵されているフィルムという薄い樹脂に焼き付けるのさ」
レンズを正面からのぞくと、黒い巻き毛を垂らした黒い瞳の若い娘が、不安げなまなざしを投げかけている。
「これ、私が映っているんですね?」
「そうだよ。このスイッチを押すと、こちらから見えている世界はすべてフィルムに焼き付けられる。そして半永久的に留めておけるんだ」
「素敵。先生がさっきから、私をこの黒い箱を目に当てて眺めていらしたのは、そのためですね」
「そうだよ、私の可愛い林檎の花嬢。君の躍る美しい姿は永遠に記録されたんだ」
そうだと知ったらこの冴えない老人に、もっととびっきりの笑顔を向けておくんだった。
本国では高名な評論家だったと聞くが、今は小汚く年老いた、若い娘を付け回す金持ち気取りのじいさんに。
「これを君に進呈するよ。私のリリパット。後で我が家においで。使い方をたっぷり教えて差し上げたい」
「ええ。ぜひお願いしますわ」
まわりのロシア人やドイツ人たちの好色な目、面白げな噂をやり過ごしながら、マリヤは清楚な表情でうなずいた。
この老人は糖尿病が重くて、あっちの方はさっぱりだと聞いた。健康のためと称してベルリン中のロシアンカフェで若い娘を追いかけまわし、一緒に踊り狂い、本を読めと説教し、本国時代の実績と名声を自慢する。
若い亡命者たちからは痛々しい爺さんと揶揄されているが、マリヤは彼を嫌いではなかった。
みんな生き急いでいる。
その急いだ先に何があるか。
老人は時代の速度に振り落とされそうになりながらも、時代の最先端である小型カメラを入手し、『魂の鼓動』のために若い娘に譲渡する。
『かわいらしいじゃない』
マリヤは老人の膝に自分の太ももをくっつけ、手を取られるままにカメラを弄り、体を密着させた。
老人の吐息と鼓動がじかに触れる。
「私は温かい?」
「ああ。とっても温かいよ。こんなにぬくもりを感じたのはロシアを出て以来だ」
老人の声は微かに震えていた。
老評論家先生と、もう一人カバレットで出逢ったプロカメラマンから手ほどきを受け、貴重で高価なフィルムをいくつも犠牲にしながら、マリヤは次第に『お嬢さんカメラマン』として社交界から歓迎されるようになった。
指導してくれたカメラマンは先の大戦中、ドイツとベルギーの国境で戦場の写真を撮り続けていたが、戦いが終わり帰国したのち、一切写真が撮れなくなったとマリヤに語った。
「写真を撮るということは、とても恐ろしい事なんだよ。君が逃れてきた祖国の革命は、まだあまり撮られなかった出来事かもしれないけれど」
何がそんなに怖いのか。
レンズの中に世界を切り取ることができる、そのことに夢中のマリヤには皆目見当がつかなかった。
素晴らしいことではないか。
人々の熱も怠惰も、絶望も悲嘆も、変わりゆく都市の光景も、すべてフィルムと印画紙の中に焼き付けられる。
人間の視点だけでは見逃してしまう『点』も、カメラの中には刻み込むことができる。
マリヤは自分が手に入れたカメラと、自分が作り出すことのできる『写真』というものに夢中だった。
『狂乱の20年代』
空前の好景気に沸くフランスやアメリカの資本が世界を回り巡って、敗戦国で負債にあえぐドイツにも爛熟の灯りが怪しく瞬く時代だった。
当時、西側ヨーロッパに亡命したロシア貴族たちの中には、その美的センスやファッションの才覚、芸術性で活躍する者もいた。
ココ・シャネルに先祖伝来の刺繡を見せ共同事業を始めたディミトリ大公の姉マリア・パヴロヴナ大公妃、シャネルの愛人となりロシアで活躍していた調香師エルネスト・ボーに引き合わせたディミトリ大公など。
1925年、パリは万博でにぎわっていた。
だがソビエト館の盛況の情報はヨーロッパに散った亡命ロシア人には複雑な思いで受け止められた。
ロシア・アバンギャルドと後に言われ、迫害される一派がその装飾や展示に大いに関わり、従来の重々しく懐古的な(当時のヨーロッパではそう捕らえられた)ロシアの美的感覚とは大いにかけ離れた傾向だったのだ。
ソヴィエト・ロシアが次第にヨーロッパ世界に受け入れている。この評判はベルリンのロシア人たちにも伝わり、様々な受け止め方をされた。
姉妹がロシアを脱出した時より、確実に月日は流れ、ヨーロッパ社会は変わりつつあった。




