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66:北の異界と白い天狗 (4)

 純白の翼。

 真っ白な長い髪。

 白いロングコートを纏ったそのひとは、切れ長の瞳の中性的な雰囲気で、きっととても美しい顔をしていたんだと思う。

 けれどその(おもて)には無数の痣が刻まれていて、今は禍々しさばかりが目を引いた。

 鱗模様ではない痣は植物のようだったり、岩のようだったり様々だ。

 

「夜稀。茜様の所在を知ることが先決だと言わなかったか?」

 

 白銀(しろがね)という名の白い天狗はその冷たい眼差しを自らとは対照的に黒を纏った仲間へと向けた。

 夜稀は一旦大きくこちらとの距離をとる。

 

「蒼様、今一度まみえる日が来ようとは」

 

「お前…どれほどの妖を食らった」

 

「全ては茜様の為。だが茜様の眠る地に今一歩の所にきてたどり着けぬとは。彼の地へと至る(すべ)、あなたに聞いても答えては頂けぬだろうな」

 

 感情のうかがえない眼差しを身構える蒼へ、そして叶斗へと移す。

 

「だがそちらはどうかな?今までここに来た者共は茜様の眠る場所を知らぬようだった…さすがに位の高い術者なら知っていよう?」

 

「知っていたとして簡単に聞き出せると思うか?なめるなっ!」

 

 叶斗は懐から数枚の札を取り出し投げつけた。

 札は真言の力に後押しされて霊力の光を宿す。

 けれどそれが到達するより早く白銀の姿がかき消えた。

 

「言葉にする必要などない」

 

 消えたと思った時には叶斗の目の前に現れている。

 

「心に闇を抱えているな?そういう者はえてしてつけ込む隙が生じるものだ」

 

 手の届きそうな距離で見つめ合った二人。

 数秒。

 一歩踏み出したかと思うと叶斗の体がぐらりと傾いだ。

 

「叶斗!!」

 

 叫んだのは暁史だったが、叶斗との間に火柱が立ち昇る。

 木々の間からは更に十人を超える修験者が錫杖や、形の違う法具を構えて現れた。

 今度はお経を読むわけではなく武力行使の姿勢だ。

 幾重にも阻まれ、ここからでは叶斗には術の力も届かない。

 白銀は叶斗を担ぎ上げると、その白い翼を大きく羽ばたかせた。

 その姿は吹き抜ける風となって見えなくなる。

 おそらくは茜の元へと向かったのだ。

 すぐに追わなければと思うのに炎と錫杖が襲ってくる。

 低く紡がれた真言と紫色の光を放つ雷がそれを押しとどめた。

 

「蒼。使え!」

 

 暁史は振り返りざまに銀色に鈍く輝く物体を投げる。

 宙を舞った車のキーが黒い手袋に覆われた手の中へと収まった。

 

「ここはウチらに任せとき」

 

「茜の封じと叶斗を頼む」

 

「…ああ。夜稀の血には気を付けろ」

 

 一瞬ためらって言い、蒼が投げ返したのは青く澄んだ輝きを放つ石だ。

 水の力を封じ込めた石は炎を使う夜稀との戦いにはきっと大きな助けになるだろう。

 

「おおきに」

 

 伊緒里は受け取ってニッと笑みを返した。

 と思った次の瞬間には私の足は地面を離れている。

 伊緒里と暁史の姿がみるみる遠ざかっていった。

 

 

 

 

 山を下るのは登りの半分の時間もかからなかったと思う。

 私は蒼に担がれてどんどん通り過ぎていく木々を風になったような気持ちで眺めていた。

 麓まで下れば黒いスポーツカータイプの車が停まっている。

 暁史の車だ。

 蒼はかなり乱暴に車を発進させた。

 彼が車を運転できるのは意外だ。

 

「あの、蒼さん!」


「どうした?」


「いえ、やっぱりいいです…」

 

 私は免許を持っているのかと蒼に聞こうとしてやっぱりやめた。

 聞いて持っていないと言われたらよけいに怖い。

 曲がりくねった山道を駆け抜けて、おまけに安全運転とは言い難い走行で気分が悪くなりかけた頃、車は走るのを止める。

 目的地に着いたのだ。

 茜の封じられている場所。

 そこは私がよく知る場所だった。


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