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64:北の異界と白い天狗 (2)

 普通なら朝日が爽やかに差し込むだろう時間帯だが空は暗く淀んでいる。

 思えばこの所ずっと青空というものにお目にかかっていない気がする。

 黒い雲はこれから何か恐ろしいことが起こる暗示のようで不気味だった。

 

「本当に…行くんですか?罠とかあったらどうするんですか!?」

 

「それでも行かなければ始まらないだろう」

 

 意気地のない私に叶斗は眉根を寄せる。

 私達は幻舞山の麓に来ていた。

 

「でもっ、私達だけで行くなんて…」

 

「並みの術者ならば白銀とやらに操られる。かえって邪魔だ」

 

 叶斗はきっぱりと言い切った。

 今、榊河家には術を使える人が不足しているらしい。

 特に妖怪を式神にできるくらい霊力の高い人はほんのわずかなのだ。

 白銀は人間や妖怪を惑わせ、操るけれど霊力の強い人間や妖力の強い妖怪を操ることは難しいのだという。

 逆にいえば、並みの力の持ち主ではいいように利用されてしまうということだ。

 というわけで今ここにいるのは叶斗と蒼と私、後方に少し離れて伊緒里と暁史で合わせて5人。

 私が戦力になれるとは思えないから実質4人みたいなものだった。


 

「やっぱり無理です!ここから先はなんか嫌な感じがするもの」

 

「結界が張られているからな。よくわかっているじゃないか」

 

 褒められているのか小馬鹿にされているのか…。

 何の結界かも告げず叶斗は先へ進んでいった。

 

「大丈夫。ただの人払いの結界だよ。行こう、水穂」

 

 蒼は私を不安にさせまいと、いつものようににっこりと微笑む。

 それはたぶん精一杯の笑顔。

 こんな時に私が弱音を吐いている場合じゃない。

 きっとかつての仲間と戦わなければならない蒼や、それに叶斗だって辛いはず。

 だから私は何があっても前に進まなくては、そう覚悟を決めた。

 

 

 

 

 幻舞山は普段あまり人の立ち入らない山で、険しい道が続く。

 道なき道、獣道といっていいかもしれない。

 もう少しなだらかな道ならば紅葉し始めた木々に見とれることもできただろうに。

 けれどこんな場所でも登山者は少しはいるらしく、綱が渡してあったりする。

 

「水穂、足元に気を付けて」

 

 前を行く蒼が言った。

 叶斗はその更に前方だ。

 足の下で軋む粗末な橋は板をつなぎ合わせて造ってあった。

 

「こ…こんなに険しい山でも…登る人がいるんですね…」

 

 ここに至るまでに息が上がっていて言葉が途切れ途切れになる。

 

「この山は昔から修験者の修行の場なんだ」

 

「修験者って…あの?」

 

 思い出したのは夏に出会った二人の修験者だ。

 

「ああいうのは特殊な例だけどね」

 

 蒼は以前二人の事を破門された人達だと言っていた。

 だから特殊というのはたぶんそういうニュアンスなんだと思う。

 志芽乃と葉杜。

 彼らもこの山奥で修行を積んだのだろうか。

 修行がどんなものなのかはわからないが、相当に厳しいということは想像に難くない。

 普通の人間よりもずっと妖怪と近い場所にいた二人なのに、それでも妖怪の存在を許すことができなかった。

 憎んでいた。

 それほどまでに妖怪と人間は相容れないものなのだろうか。

 隣り合わせに存在する事なんてできないのだろうか。

 当たり前に互いの存在を認めていた時代は確かにあったはずなのに。

 昔話や伝説には当たり前のように人外の者の存在が語られているのに。

 この山の神様の伝説もそう。

 それはきっとマヨイガをめぐる妖怪達の争いから生まれた話だ。

 強大な力を持つ妖怪同士の争いは人間からすれば天変地異のようなものだ。

 神様がお怒りになった。

 昔の人ならそう考えるのかもしれない。

 そして争いの元凶となった異空間への扉を封じた人物は神の怒りを静めた巫女として崇められた。

 そんな風にして伝説は創られ語り継がれていくものなのだ。

 悶々と考えを巡らせながらただひたすらに登っていると行く手を阻む木々が急に開けた。

 何もない場所。

 だけど何かを感じる場所。

 毛穴がチクチクするような感覚。

 

「あれが扉だ。封じはすでに解かれている」

 

 これが異界への扉だと言われても私が想像していたものとは大分違う。

 ぼんやりと白い幕が掛かったような空間。

 幕は幾重にも重なって幻想的に揺れる。

 

「どうやら招待してくれるらしいね」

 

 そう言う蒼の表情がほんの一瞬凄惨さを帯びて、背筋がぞくりと寒くなった。

 

「夜稀はあの中におるんか?」

 

 程なくして主人と共に追い付いてきた伊緒里が言った。

 いよいよ異界に足を踏み入れなければならない。

 通り抜ける瞬間、視界は白く染まり、身体が宙に浮いたような不思議な感覚に襲われた。

 視界が戻るとそこはやはり木々に囲まれた山の中だ。

 けれどほぼ手付かずの自然だったはずの山の木は整然と列をなし道を作っていた。

 その向こうにはお屋敷といえるほどの立派な建物が見える。

 美しい風景。

 そしてその道の上で黒ずくめの青年が静かにこちらを見つめていた。

 

「来たか」

 

「夜稀…」

 

 もっと怖い感じを想像していたけれど、実際の夜稀はわりと好青年で、街を歩いていれば誰も妖怪だとは気付かないだろう。

 叶斗が懐からお(ふだ)を取り出す。

 

「お前だけは絶対に許さない!」

 

 霊気が作り出す衝撃波が葉の落ち始めている木の枝を揺らして走った。


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