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59:東の清流と西の宵闇 (9)

 廊下の先の人影は数にして30人はくだらない。

 近付いてきてわかった人形のように虚ろな表情の彼らはこの学校の生徒達、そして教師らしき大人達だった。

 よく見れば同じ顔をした人が何人もいる。

 その中にはあの大野透の姿と、成柳川で見た顔があった。

 それも一人ではなく複数。

 

「あのっ!大野さんが何人もいるんですけど、どういうことですか!?」

 

 一人の大野透がふらふらとこちらに歩みを進める。

 手には光をはじくナイフのようなもの。

 パンッという乾いた音が鳴って、その頭の左半分が吹き飛んだ。

 私は思わず引きつった悲鳴をもらした。

 大野透の頭部を破壊したのはリュウが手にした拳銃から放たれた弾丸だった。

 ズボンの背の部分にはさんであったようだ。

 

「人形だ。文句ねぇよな?」

 

 リュウの言葉通り地面に転がったそれは、よく見れば人の形はしていても木製の部品の残骸でしかない。

 想像したスプラッタな光景ではなくて良かったけれど。

 ただ、私にはリュウならばそれが人間であっても撃ったのではないかと思えた。

 

「本物は一人、あとはそっくりな人形ということだ。この空間を作り出し、こいつらを操っている者がいるはずだ」

 

 お社の封印が解かれていないのは龍介が確認していたはずだから、もしかして夜稀が?

 でも夜稀が有する力は炎を作り出す事とその身を流れる猛毒の血だと聞いている。

 仲間がいるのか、あるいは他の妖怪を食べて力を手に入れたのだろうか。

 

「頭部が壊れたくらいではなんともない、か」

 

 蒼が日本刀を取り出す。

 ヌエちゃんバッグが必要な十歳の時とは違って何もない空間からだ。

 廊下の先では倒れた人形がぎこちない動きで起き上がったところだった。

 手には未だナイフが握られている。

 他の人形や人間達の手にも刃物が鈍く光っていた。

 叶斗が素早く印を結ぶ。

 早口に真言を唱えるが、しかしいつものように霊力の波紋が広がることはなかった。

 術が発動しない。

 私じゃあるまいし叶斗がまさか失敗することはないだろうからたぶんここに閉じ込められたせいだ。

 そんな中リュウは人形達から目をそらしこちらを向いていた。

 

「なんだ、またビビってんのか?」

 

 リュウがまるでバカにしているようにそう言葉をかけてくる。

 

「び…びびってなんか…」

 

 妖怪を怖がっていては式神の主人が務まるわけないのはわかっている。

 わかっているけど、この状況だし!

 というかリュウはすごく感じが悪い。

 龍介とは正反対だった。

 

「あん時はビビってなかったなんてよく言えたな」

 

 彼が言うのはリュウと初めて会ったあの時のことだ。

 

「だから謝って――」

 

「俺はいい。けどな!あいつは…龍介は元は人間だ。覚えとけ」

 

 冷たい視線を向けられれば言葉が出ない。

 でも今リュウは龍介を気遣ったように聞こえた。

 実はけっこういいひとだったりして。

 

「リュウ!どれが本物か教えろ」

 

「あぁん?んなもん見分けられるか」

 

 叶斗や蒼にすら人間と見分けられないほどの精巧な人形。

 見分けが付かなければ防戦一方になる。

 リュウだけは区別出来ているのかと思いきや彼はしれっとそう答えた。

 

「じ…じゃぁさっき人形って解ってて撃ったんじゃないんですか!?」

 

「どっちかなんて撃ってみりゃわかることだろ。本物に当たるか人形に当たるかは運だ運!」

 

「そんな…」

 

 本物の大野透だったら運が悪かったですませるつもりだったのだろうか。

 前言撤回だ。

 やっぱり乱暴だし感じ悪い。

 向かってきた相手に蒼は鞘に収めたままの刀で叶斗は蹴りで一撃を加える。

 人形だか人間だかわからない相手はよろめいたが、すぐにまたこちらへ刃物を突きつけてきた。

 

「めんどくせえ」

 

 リュウが銃を構える。

 人間かもしれなくても撃つつもりだ。

 

「やめろ。お前が人に追われる身になるぞ」

 

 蒼に静かな声で制されリュウは舌打ちを返したが大人しく銃を下ろした。

 

「こっちだ!」

 

 この場は一旦引くべき。

 そう判断したのか、叶斗が手近な扉を開く。

 追ってこようとした人形たちを足蹴にして叶斗は無理矢理扉を閉ざした。

 しんと静まりかえった室内は蛍光灯の白い明かりに照らされている。

 そこは本来一年生の教室であるべきなのだが明らかに別の部屋、分厚いファイルの詰まった棚と灰色のデスクがずらりと並んだ、職員室だった。


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