58:東の清流と西の宵闇 (8)
調べてみるといっても放課後になってすぐに社に向かうわけにはいかなかった。
まだ校内には部活動に励む生徒が大勢いるからだ。
お社があるのは校庭の隅とはいえグランドからも校舎内からも目に付く場所だ。
「あれ?蒼さんは…?」
「まだ追い回されているんじゃないか」
一応集合場所をメールしておいたのだが蒼は現れなかった。
「じゃあ、どうしますか?」
「そうだな。情報収集でもしてみるか」
蒼が目立ちまくっている隙に校内を一回りしてみるという叶斗。
一緒に校舎内を見て回ることにした。
実際に回ってみると部活で使われている教室以外にはひと気がない。
けれどその中で話し声が聞こえてきた教室、一年一組の前で私達は足を止めた。
「大丈夫?智恵」
「今までこんな事なかったのに、お兄ちゃんどうしちゃったんだろ」
そんな声が聞こえてきたからだ。
智恵と呼ばれた方の子は泣いているみたいだった。
「お兄さんまだ帰ってこないの?」
「うん」
「でも学校にはちゃんと来てるんでしょ」
「そうなの。だから私、廊下で待ち伏せして理由を聞こうとしたらうるさいって…。優しいお兄ちゃんはどこ行っちゃったんだろう」
泣いている智恵をなぐさめる友人。
どうやらお兄さんが急に不良になったとかそういう話のように聞こえた。
あまり妖怪には関係ないようだからそろそろ次に…。
「その話、詳しく聞かせてもらおう!」
私の考えとは裏腹に叶斗は教室に入っていった。
仕方なく着いていくと教室の中には二人の女の子がいて、目が赤い子が泣いていた智恵なのだろう。
二人とも驚いて固まってしまっていた。
「あなた確か三組の転校生の!山……」
「山田だ。君の兄のこと詳しく聞かせてほしい」
どうして話さなければならないのかと彼女達の顔には書いてある。
「実は僕は探偵を目指しているんだ。手始めに校内で起こった事件を解決しようと思っている。今ならお試しキャンペーン中で報酬はいらないぞ」
「そ、そうなんです!私はえっと…助手です。よかったら話だけでも聞かせてほしいなー…なんて…」
よくもまあそんなでまかせがスラスラと出るものだと感心したが、叶斗が目配せするものだから思わず助手だとか言ってしまった。
智恵とその友達は顔を見合わせ、意志を確認し合ったようだ。
「私の兄がこの学校の三年にいるんですけど、最近人が変わったようになってしまって」
探偵を目指しているとかいう話を信じたのかはわからないが、藁にもすがりたい思いだったに違いない。
「兄の様子がおかしくなったのは三日前です。それまでは変わった様子なんてなかったのに突然家に帰ってこなくなったの。でも次の日も普通に学校に登校してて、だからお父さんもお母さんもただの家出だって取り合ってくれなくて」
そこまで一気に話して彼女はまた瞳を潤ませた。
「親とうまくいかなくて家を出たという可能性は?」
「それも、もしかしたらあるかもしれないと思って、確かめようとしたんです。でもまるで違う人みたいになってました。優しい人だったのに。きっと何かあったんだと思うんだけど私いったいどうすればいいのかわからなくて」
「わかった。僕らに任せておくがいい」
日没を迎えた学校は夜の校舎特有の不気味な雰囲気を漂わせ始めている。
「大野智恵さんのお兄さん、三年五組の大野透さんでしたよね」
私はネタを探すイズミよろしくメモ帳にその名前を書き記した。
学校にはいつも通り登校しているが、三日前から家に帰っていない、そう書き足す。
そこに調査のための資料として受け取ったプリクラを貼り付けた。
「あ、そいつ!」
外に出た途端に声と共に蒼が文字通り木の上から降ってきた。
「大野透がどうかしたのか?」
「ああ、さっきそいつに会った」
「何?おかしな感じはしなかったか?妖気とか…」
「いや、妖気は感じなかったけどな。…ただ、妙に生気の無い感じがした」
「生気が無い?どういう事だ?」
「流行りの草食男子ってやつかもな」
「なんだそれは!?」
「知らないのか?草食系。ガツガツしない、消極的、無気力。そういうイマドキの男のことを言うそうだ」
「それで?」
「まぁそんな事は関係ないか」
「お前が言い出したんだろうが!」
「ああ、冗談はこれくらいにしておく」
どうやら蒼は叶斗をからかったらしい。
子供の時と比べたらクールに見えてもそういうところは健在だった。
しかも草食系の認識が微妙に偏っている。
叶斗は深いシワを眉間に刻んでいた。
「あの、いいですか?」
私は控え目に口をはさむ。
「大野さんは成柳川にいた人や夜稀と関係があるんでしょうか?」
「あるだろうな」
叶斗はそう言うが、大野透の様子がおかしいのは確かだとして、夜稀どころか妖怪と本当に繋がっているのか確信めいた物がまだ得られてはいなかった。
「生気のない奴はそいつだけじゃねえぜ」
龍介――いや、雰囲気からしてリュウの方だった。
校舎の陰の暗がりから現れた彼は生気ではなく気配が無いように思える。
「やはりな。ならば見知った顔もあるかもしれんな」
叶斗はその中に成柳川にいたあの男子生徒がいるという確信があるようだった。
「だが昼間、龍介はそんなことは一言も言っていなかったぞ」
「あいつはそこまで鼻が利く方じゃねぇ」
リュウはきっちりと整えられていた髪をクシャクシャとかき回す。
無造作ヘアの出来上がりだ。
そうすれば更に龍介とは別人のように見える。
「それでその生徒達は何人くらいいた?学年と名は?」
「んなもんいちいち覚えてるかよ。自分で調べるんだな」
「なっ…!おま…何のためにっ」
怒りを通り越して言葉を詰まらせる叶斗からさっさと離れたリュウは、蒼のすぐ側までやって来て手を頭の上にかざして身長を比べる仕草をした。
「縮んじまって気の毒になぁ、蒼さんよぉ。俺は見下ろされないで済むと思ったら清々するぜ」
比べてみるとほとんど同じくらいの身長の二人だが本来の姿なら蒼の方が10cm近く背が高いのがリュウにとっては余程面白くないらしい。
だから今の状況が愉快で機嫌がいいみたいだ。
それでも乱暴そうで近寄りがたいことにかわりはなかったけれど。
さすがに蒼はそんな言葉に取り合わないので少し不服げにリュウは校舎の窓へと視線を投げた。
「あいつ…」
「大野透さん!」
大野透が廊下を歩いていくのが窓の外から見える。
それを追って私達が校舎内へと引き返すと入り口の扉は独りでに閉まった。
押しても引いても開かず、閉じ込められた形だ。
「手の込んだまねを」
叶斗はいらだちに満ちた声音で言った。
「探す手間が省けたじゃねぇか」
リュウが面白そうに目を眇めた視線の先に大勢の人の影が見えていた。




