表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
57/100

57:東の清流と西の宵闇 (7)

 潜入したといっても何から調べたらいいものか。

 わからないままに午前の授業が終わろうとしていた。

 

「ねぇ?山田さん!」

 

 四限目の授業が終わってすぐに隣の席から委員長が何か聞きたそうにちょいちょいと手招きをした。

 

「三年に転校してきた山田蒼先輩ってもしかして…」

 

「あ、兄…ですけど」

 

 と言うのははばかられたけどそうなっているから仕方がない。

 

「やっぱりー!お兄さん学校中で噂だよ!」

 

 委員長は疑うこともなく嬉しそうな表情を浮かべた。

 おまけにそれを聞いていた女の子達にたちまち囲まれてしまう。

 

「あんなイケメンのお兄さんがいていいなぁ」

 

「ね?先輩部活入るの?」

  

「あたしバンドやってんだけどさ、先輩そういうの興味ないかな?もしかしてもうどっかのメンバーだったり?」

 

「えーそれよかモデルっしょ?違う?」

 

「好きな食べ物って何?」

 

 質問責めだった。

 こういう状況を私は味わったことがある。

 あれはイズミのファンクラブの男子に囲まれた時だった。

 

「部活はやらないんじゃないかなー。派手な頭してるけどバンドとかモデルとかやってるわけじゃなくて…」

 

 というか大人の蒼は目立つのは苦手っぽいし…。

 

「好きな食べ物はプリンで嫌いな食べ物は鯖、かな。あ、ごめん!お昼買いに行かなきゃ」

 

 私は自分でも律儀だと思いつつ全ての質問に答えて、それ以上の隙を与えず席を立った。

 こういう時は更なる質問責めにあわないうちに逃げるに限る。

 

 

 

 

 

 

 教室を出た私は屋上へ向かった。

 叶斗と蒼と落ち合う予定になっているのだ。

 階段を上り、四階の廊下に差し掛かったあたりで蒼を見つけた。

 蒼は人目をはばかるように辺りを窺いながら近付いてくる。

 

「水穂、屋上へ行っててくれ。叶斗が待ってる」

 

「え?蒼さんは!?」

 

「俺は後で行くから!」

 

 そう言い残して手近な窓をひょいと飛び越えた。

 あまりに軽い動作だったので一瞬ここが一階かと思ったが紛れもなく四階である。

 人間ではないから心配はいらないのだろうけど、思わず見下ろせば蒼は何かを警戒しながら走り去っていった。

 直後に背後――つまり四階の廊下が騒がしくなったことに気づく。

 十人近い女子生徒が何かを探している様子で階段の下を覗き込み、そして駆け下りていった。

 女子集団の後ろ姿を見送って、私は更に階段を上る。

 何が起こってるのか、事情は叶斗に聞いてみるしかない。

 しかし屋上に出ると叶斗は見あたらなかった。

 かわりにここにも女子生徒が何人か、昼食を取るでもなく何かを探してキョロキョロしながら歩き回っていた。

 人目に付かないように屋上を選んだつもりだったのに思ったより人がいる。。

 叶斗を見つけたら場所を移動した方がいいかな、などと考えながら校舎の裏手を見下ろしてみると遙か向こうに小さなお(やしろ)らしきものが目に留まった。

 あれが妖怪の封印されている場所だろうか。

 学校の敷地のかなり隅っこではあるが意外と誰でも近付けそうで、危なくないのかと心配になった。

 

「おい。こっちだ」

 

 かなり抑え気味の声が降ってきて、仰ぎ見れば備え付けられた円柱形の貯水タンクの上から叶斗が見下ろしていた。

 どうしてわざわざそんな所にいるのだろうか。

 細いはしごが付いているが上りたがる人がいるとは思えない場所だ。

 私はスカートであることを気にしつつも見つからないうちに上らなければと慌ててはしごに手をかけた。

 上にたどり着いてみれば叶斗と、そして同じ制服を着た架牙深龍介(かがみりょうすけ)の姿。

 

「遅いぞ」

 

 叶斗は瓶底メガネをカチューシャみたいに頭にかけて、朔良が作ったお弁当の玉子焼きを食べていた。

 

「どうしてこんな所に?」

 

「人のいないところがここぐらいしかなかったんだ」

 

「何があったんですか?蒼さんが慌てて走って行ったけど」

 

「会ったのか。あいつはファンに追いかけられてるだけだ。放っておいていい」

 

 どうりでのんきにお弁当を食べているはずだ。

 さっきの委員長の言葉通り蒼は早くも女子達の注目の的のようだった。

 まぁ目立つ容姿だから無理もないとは思うけど。

 

「それじゃぁ、僕はこれで」

 

 会話をよそにそそくさと立ち去ろうとする龍介。

 

「待って!…この前はごめんなさい!」

 

 私が慌てて引き止めると龍介は意外そうにこちらを見た。

 別人のような龍介に会って以来向こうから避けられている気がしていたのはたぶん気のせいではない。

 私はその時のことをまだちゃんと謝れていなかったから。

 

「私、驚いてしまって。架牙深さんを傷つけてしまったんじゃないかって、ずっと謝りたかったんです」

 

「いえ。怖がって当たり前ですよ。僕は…人ではありませんから」

 

「こ、怖くなんてないです!本当に、あまりにも雰囲気が違ったから驚いただけなんです」

 

 本当はちょっと怖かったけど、それは人間じゃないからとかそういう事じゃなくて、乱暴な態度に対してだ。

 それにこの数ヶ月妖怪と関わってみて思う。

 妖怪は純粋で、較べて人間の方がずっと残忍で身勝手で怖い存在ではないかと。

 

「……あれはリュウです。僕は訳あって彼と体を共有しているんです」

 

 龍介が静かな声で言った。

 共有…私が思いつくのはせいぜい二重人格とかそれくらいだけど微妙な言い回しだ。

 

「それなら、リュウさんにも謝まらなきゃ!」

 

「たぶん、聞こえていますよ」

 

 龍介の表情が幾分和らいだ。

 もう、すぐに立ち去るつもりはないようだった。

 

「龍介の話では今のところ封じは無事。妖の動きも見られないようだが…そっちは何か気になることはあったか?」

 

 律儀にも話が終わるのを待っていてくれた叶斗は、食べる手を休めて言った。

 

「あ!あの、邪魅に捕まってた人もこの学校の生徒だったんです!」

 

 

「知っている。だから先に龍介に探らせていたんだ」

 

「え!?わかっていたなら教えてくれればいいのに…」

 

「気付いていないとは思わなかった」

 

 うっ……。

 確かに叶斗は最初の時点で気付いていたのなら今更だったかもしれないけど。

 

「まあいい…。今この学校に妖気がわだかまっている事だけは確かだ。やはりあの社を調べなければなるまい」

 

「ええ。そこは僕の専門外なのでよろしくお願いします」

 

 龍介は韓流スター並みの微笑みを浮かべて言った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ