56:東の清流と西の宵闇 (6)
「はい、でけた。蒼ちゃんも水穂も似合っとるで」
伊緒里は蒼と私の髪をアレンジし終わって満足気に言う。
「せやけど叶斗、その眼鏡なんなんや?」
叶斗はその端正な顔の半分も覆おうかという大きな分厚いレンズのメガネを掛けてcafe Sakuraに現れた。
俗に言う瓶底メガネというやつだ。
「何って、変装だが?見てわからないか?」
「いやいやいやいや、今時そんな眼鏡よお売ってたな…」
伊緒里が何と言おうと叶斗自身はその変装がなかなか気に入っているようだった。
叶斗王子といえばこの辺りの高校生――とりわけ女子の間ではちょっとした有名人だから面が割れている可能性があると考えて配慮したのだろう。
確かに昨日、叶斗が普段なら行きたがらないはずのショッピングモールにわざわざついて来て、途中で何か買っていたみたいだったけど…これだったんだ。
今の叶斗からは王子のオーラが完全に失われていた。
「はよっスー。うおっ!?叶斗?なんだそれ!?」
寝ぼけ眼でやってきた楓太は見慣れぬブレザー姿の私達と、そして叶斗の出で立ちを見てすっかり目が覚めたようだ。
「そっちは蒼…だよな?マジででかくなってんじゃん。いや、ちっこくなったのか?あれ?ま、いいや。百湖高校行くんだってな?」
「じゃま!」
「あ?渚?」
「どいてよっ!あたしだって蒼様と叶斗様をお見送りするんだから!」
渚が楓太を押しのけて店内に入ってきた。
「いつものスーツ姿も素敵だけど、その制服もすごく似合ってます!あのっ、蒼先輩って呼んで良いですか?」
「……好きにしてくれ」
「はい、蒼先輩っ!気をつけて行ってきてくださいね!」
渚がキラキラした瞳で蒼を見つめている隣で、楓太は同じくらいの年格好で同じくらいの体格の今なら勝てそうだと感じるのだろうか帰ってきたら勝負しようと何度も言い寄っている。
「そろそろ出発しないといけないのではないですか?」
朔良がのんびりとした口調で急かした。
実はさっきからずっと引っかかっている事がある。
成柳川から逃げ去った人物の服装は確かに百湖高校の制服のようだったけれど、それよりもっと前にこの制服を見た気がするのだ。
街で見かけたのかもしれない。
でも、それだけじゃなくてもっと違うところで。
私は思い出せそうで思い出せないもどかしい気持ちを抱えたままで百湖高校へと向かった。
私が担任教師に案内されたのは二年二組の教室だった。
全学年から情報を得たいと叶斗は考えた。
だから叶斗が一年、蒼は三年、私はボロが出ないように実際の学年――二年へと送り込まれることとなったのだ。
興味に満ちた眼差しに迎えられ、何のことはない紹介が終わる。
教室の後ろに用意された席までたどり着く間に口々に言葉をかけられた。
好意的な感じだ。
潜入はひとまず成功というところだろうか。
まずはほっと胸をなで下ろす。
いつもと違う教室、いつもと違う制服は新鮮だと後ろから眺めてみて思う。
自由な校風らしくみんな思い思いに制服を着こなしていた。
季節の変わり目ということもありシャツにベストが一番流行りみたいだ。
それを見てやっと思い出した。
どこかで見たと思って引っかかっていたこの制服。
そうだ、あの守咲池で邪魅に捕らわれていた高校生だ。
あの二人は百湖高校の生徒だったに違いない。
あの時は上着がなかったから印象が違っていて気付かなかったのだ。
守咲池の件にも成柳川の件にもこの学校の生徒が関係している?
そしてここ百湖高校の敷地内にも妖怪が封印されている場所がある。
更に言えば守咲は朱雀、成柳は青龍、百湖は白虎という神獣に因んで付けられた名前だと言い伝えられているとくれば。
ここの封印が無関係とは到底思えなかった。
「山田さん?山田さんってばぁ」
「…え?」
「もー、何度も呼んでるのにー」
「ご…ごめん…なさい」
自分のことだと認識するのに時間がかかってしまった。
山田水穂。
それがこの高校での私の名前だった。
「私このクラスの委員長だから。わからないことは聞いてね」
隣の席の親切な委員長はそう言って微笑んだのだった。




