41:白衣のニャンコと白澤医院 (3)
「茜…さん?」
禁忌を犯したのは蒼ではなく茜という天狗なのだと叶斗は言う。
だとしたら呪いを受けるのは当然その茜のはずだ。
「でも蒼さんの体にある鱗の模様はその呪いの印なんですよね!?」
「そうだな」
「それじゃあ話が合いません!」
「説明してやるから落ち着け」
もう訳が分からなくて更に身を乗り出した私を叶斗がなだめるという珍しい状況だった。
「茜と蒼とは双子みたいなものだった。だが人間でいう双子とは少し違う。もっと魂レベルで繋がりが深い。だから一人が呪われてもう一方にまで影響が及んだと考えられる」
「そう…なんですか。それなのに蒼さんの言い方…まるで自分のことみたいでしたよね」
「蒼ちゃんはな、茜がそんなことをしたんは自分に責任があると思ってるんや」
思いがけない方向から答えが返った。
「せやしもう一人の自分みたいなもんやから茜がやったことは自分がやったんと同じなんやて」
眠っていると思っていた伊緒里はいつの間にか目を覚まして話を聞いていたみたいだ。
伊緒里の声にはいつもの勢いがない。
「一つ聞いてもいいですか?」
私の言葉は叶斗と伊緒里、両方に投げかけたものだった。
「お祭りの時に影雉っていう人が蒼さんは呪いのせいで風が操れなくなったって言ってましたよね?元々持っていた力は消えてしまうんですか?」
その場にいなかった伊緒里は黙って叶斗の答えを待っているようだ。
「必ずしもではないが、元の力が失われる事があるらしい」
今日目にした蒼の力は水を操るものだった。
思えば葉杜と志芽乃に初めて出会った山中でも蒼は水を操って霧を生み出したのだ。
本来天狗が持つ風を統べる力を無くし、水を操る力を得たということになる。
「なぁ水穂、天狗が風を操られへんってことはどういうことや思う?」
口を閉ざした叶斗に代わって伊緒里が天井を見つめながら続けた言葉は寂しげに室内に響いた。
「飛ぶことも出来へんようになるっていうことや。そんな自分が空を統べる一族の長でいいはずがないって蒼ちゃんは里を出たんやてあのチャラい天狗が言うとったで。えらい引き止めた言うとったけどなぁ」
チャラい天狗とはたぶん琥珀のことだ。
チャラく見えても長代理を務めるほどの彼ならば蒼の過去に何があったのか見ていた可能性もある。
千年も昔のこと。
また会えるならば聞いてみたい。
蒼は嫌がるかもしれないけれど。
「それに、元の力が強ければ強いほど苦痛を伴い精神まで病んでしまう。しかし力の弱い妖が強い大妖を喰おうなどということは無謀だ。元々適うはずもない相手だからな。どちらにしろリスクばかりが大きい。妖の間で呪い、禁忌とされたのはそういう理由だろう」
叶斗は独り言のように付け加えた。
「ありがとう。教えてくれて」
「お前はあいつの主人になったんだ。ならば真実を知っておくべきだと思ったまでだ」
そんな言い方をしても誤解されたままなのは嫌だったのかもしれない。
それともう一つ気付いたこと、叶斗は私のことを蒼の主人だと言った。
驚きだ。
少しは認めてもらえたのだろうか。
「だ、だがな!護身結界すら張れないのでは先が思いやられる!これからはもっと厳しくやるから覚悟をしておけ」
「うっ……は…い」
私の気持ちを察したのか叶斗は慌てていつもの調子で言い放った。
「蒼ちゃんのこと悪く思わんといてほしいんやって素直に言えばええのに」
「ち、違うと言ってるだろ!」
伊緒里と叶斗がいつものように言い合いを始める。
そのやりとりも今は微笑ましく感じられた。
この先ほんの少しでも頼られる存在になれたらいいな。
二人を眺めながらそう思う。
「違わへんやろー。自分かて呪いの話を知って、ほんまのこと知るまではショック受けとったくせに」
「それは子供の時の話だ!今、関係ない!」
言い争いがだんだん泥沼化してきた。
いい加減止めた方がいいのかもしれない。
「叶斗はちっさい時は何かにつけてメソメソしとったなぁ」
「なんだと!?そんなわけ…」
「伊緒里!かなちゃん!騒がしいよ!!」
二人はぴたりと口を閉ざし揃って声の主を捜して扉の方へと視線をさまよわせた。
「蒼くん!」
いつの間にか扉が開いていて、そこには仁王立ちの少年の姿があった。
「大丈夫?もう血は出てない?痛くない?」
「うん。もう平気」
問いかけるといつものようにぱっと笑みが浮かぶ。
「傷はふさがったけれど、まだ無理に動かしてはだめよ」
更に扉が引かれて白衣に身を包んだ女性が蒼に少し困った表情を向けた。
処置室にいたあの女性に違いない。
そのまま歩みを進めて私の前で立ち止まる。
「初めまして。院長の白澤柊子です」
年は大人の時の蒼よりも少し上に見えた。
整った目鼻立ち、スラリと長い手足。
絶世の美女とはこういう人をいうのかもしれない。
それなのに黒い髪はショートカットで化粧気がないので背の高さも手伝って中性的にも見える。
頼りがいのある優しい笑みをたたえた瞳が私をとらえ、その澄んだ碧に吸い込まれそうな不思議な感覚に陥った。




