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40:白衣のニャンコと白澤医院 (2)

 薄暗くひと気のない病院は不気味で、中に入っても治療を受けるどころか肝試しにしかならないような気がしてなかなか入る気になれない。

 しかし『救急搬送口』とある扉が開いた瞬間に光が漏れ出しそこには外観とは全く違った世界が広がっていた。

 外から見たかぎり妖怪より幽霊が出そうな廃墟に見えた病院は、実際には明るく清潔感もあって普通の病院――いや普通以上に立派な施設だ。

 念のために体に異常がないか調べてもらった私は廊下に出て辺りをキョロキョロと見回した。

 みんなはそれぞれに治療を受けているのだろうか。

 目の前には処置室の扉があるが誰も出てこないので少し心配になってそぉっと中を覗いてみた。

 

「これで血はすぐに止まるわ」

 

 薄水色のカーテンの隙間に見えるのは蒼の後ろ姿だろう。

 黒と臙脂色の混ざった長い髪が肩にかかっている。

 その髪が一瞬揺れたかと思うと小さな子供の後ろ姿に変わっていた。

 声の主と思われる人物は白衣姿の女性で、顔までは見えない。

 

「ここ最近体調に変化はない?」

 

「ないよ。どうして?」

 

「通常の契約とは違ったと聞いたわ」

 

 そっと蒼の肩を抱く。

 

「ただでさえ龍の力を使えば負担がかかるのに、影響がどう出るかわからない。…無茶はしないで」

 

 彼女は切ないくらいに蒼の身を案じているように聞こえる。

 

「うん。…わかってるよ」

 

 一瞬、ほんの一瞬戸惑ったような間をあけて蒼はそんな彼女をなだめるように優しく言葉を返した。

 

「こんな所にいらっしゃったんですかぁ」

 

 急に後ろから声を掛けられ心臓が飛び上がる。

 

「お部屋に案内しますので検査結果もそちらでお待ちくださぁい」

 

 美由と美弥はまるでホテルの部屋に案内するかのように朗らかに微笑んだ。

 

 

 

 

 院内は日中かと思うくらいににぎやかだった。

 この病院の患者は妖怪ばかりなのだろう。

 人の姿をした者や動物っぽい者など色々だが闇に潜む妖怪達なのだから夜だからといって寝静まっているということはないのだ。

 

「ここ最近、怪我人が後を絶たなかったので大忙しですぅ」

 

「あの二人組のせいですぅ」

 

 病室の扉を閉めればやっと静かな空間が作り出された。

 特別室という感じの部屋で、まるで高級ホテルのようにソファやら家具やらが置かれている。

 

「後ほど院長が参りますのでー」

 

「ではごゆっくりー」

 

 部屋のベッドではすでに寝間着姿の伊緒里が寝息をたてていた。

 美由と美弥はすぐに忙しそうに出て行ってしまう。

 ぽつりと残された私はソファに腰を下ろした。

 瞬間、急激な脱力感におそわれる。

 思えば今日はかなり濃い一日だった。

 目の前の事に精一杯で後回しになっていたけれど、洞窟で見た記憶の中に夜稀という妖怪の姿があったのを思い出す。

 妖怪の封印を壊して回っているのは夜稀で、だとしたらきっと近いうちに直接戦わないといけないだろう。

 けれど人に敵対する妖怪が必ずしも悪とはいえない事はなみを見てわかった。

 夜稀ももし何か悲しい理由で人を憎んでいるのだとしたら…今度こそ私達に救う事が出来るだろうか。

 でも私は護身のための術を使おうとして失敗したんだった。

 思い出してヘコむ。

 この先術が使えないままだと足手まといになることは確実だ。

 無意識に深い深いため息が口をついて出た。

 突然扉が開く。

 入ってきたのは叶斗だった。

 無言でソファの向かい側に腰を下ろす。

 さっきよりずいぶん顔色は良くなっていた。

 

「大丈夫ですか?…肋骨が…その…折れてるかもって…」

 

「ひびが入っていただけだ。鎮痛剤で今は痛みもない」

 

 意外なことに素直に返答があった。

 術がうまく使えなかったことを怒っているのではないかと思っていたところだったのに。

 けれどその後は沈黙が降りる。

 

「蒼が言ったこと、真実じゃない」

 

 やっぱり怒っているような雰囲気に居心地が悪くなってきた頃、叶斗が言った。

 一瞬何のことかわからなかったが。

 

「あ、聞いてたんですか」

 

 すぐに救急車の中の会話だと考え至った。

 

「…力を求めたのは…龍を喰ったのは蒼自身じゃないんだ」

 

「どういう事ですか?」

 

 私は身を乗り出す。

 

「榊河の文献によれば龍を喰らったのは(あかね)という天狗だ」


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