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17:カラオケBOXと初仕事 (2)

 問題のカラオケボックスまでバスに揺られること約10分。

 古い商店と新しい建物の混在する一角にそれはあった。

 道すがら蒼と伊緒里に事の経緯を説明された叶斗は納得いかないようで押し黙ってしまった。

 それでもここまで来たら仕方がない。

 

「よっしゃいくで!」

 

 大はりきりの伊緒里を先頭に私たちはその古びた建物に向かった。

 

 

 扉には鍵がかかっていた。

 

「伊緒里さんに任せとき!」

 

 伊緒里は鞄から取り出したヘアピンを鍵穴に差し込む。

 鍵開けは特技の一つなのだそうだ。

 

「事前に言っておけば鍵くらい手に入れられたものを」

 

 叶斗がぼやいた時には扉は開いていた。

 カラオケボックスの中は薄暗かったが、受付カウンターもそのままで残っている。

 今のところおかしな気配は感じられない。

 受付の奥の通路の両側に並ぶ扉。そのどこかに妖怪がいるのだろうか。

 講堂での出来事を思い出して体が強張った。

 

「ウチえらいことに気づいてしもた」

 

 伊緒里が立ち尽くしたままでつぶやいた。

 

「ここ、電気停まってるやん?カラオケできへんやーん!」

 

「今ごろ気付いたんだね」

 

 蒼はため息混じりに言った。

 

「蒼ちゃん気付いてたんやったら何で教えてくれへんの!?」

 

 それは八つ当たりというものだ。

 

「カラオケは諦めるんだな。さっさと片付けて帰るぞ」

 

 意気消沈した伊緒里にかわり叶斗が先を促した。

 個室の一つを覗いてみればテレビ画面も機材も机もソファもそのままでいつでも営業再開できそうなくらいだった。

 

「電気さえついたら歌えそうやのになぁ」

 

 諦めきれず呟いた伊緒里の声に応じるように部屋の灯りがパッと灯り、また消えた。

 

「あそこ!」

 

 再び暗くなった建物内で奥の部屋からだけ光が漏れている。

 急いで駆けつければ画面には曲名が表示され曲のイントロ部分が流れていた。

 

「演歌?」

 

「ウチこの歌知ってるでぇ!」

 

 その10人ほども入れそうな部屋に伊緒里は躊躇せず飛び込む。

 置かれていたマイクをひっつかむと歌い出した。

 熱唱だった。

 気持ちよく歌い上げたところに天井から降ってきたものがあった。

 テーブルに顔面で着地したそれは着物のようなものを着ていて人間に似た体つきをしていたけれど二頭身で大きさは手の平ほどしかない。

 慌てて起き上がり右往左往する様子はコミカルでかわいいのだがその顔を見て驚いた。

 口が一つに鼻が一つ。ここまでは普通だったが目も一つしかないのだ。

 伊緒里が捕まえようとするとその小さな生き物はさらに慌てふためいた。

 

「た、食べないで!あんたみたいな大妖の縄張りだなんてオイラ知らなかったんだ」

 

 こちらへ向かって飛んで来たので私は思わず捕まえてしまった。

 手の中で一つ目の生き物は明らかに怯えていた。

 

「だ、大丈夫ですよ。伊緒里さんはあなたを食べたりしないと思います…たぶん」

 

 恐る恐る話しかけてみた。手の中で震える生き物が人を襲う怖ろしい妖怪だとは思えなかった。

 

「たぶんて…。食べへんて。縄張りでもないしな」

 

「じ、じゃあどうして…」

 

「お前がここに住み着いているせいで迷惑しているんだ」

 

 叶斗に言われ、一つ目の妖怪はまた不安そうな表情を浮かべた。

 

「あの、理由を!理由くらい聞いてあげてもいいですよね」

 

「ぼくもそれがいいと思う」

 

 蒼はソファに腰掛けた。

 叶斗も渋々だがソファの端に座る。

 一つ目の妖怪が私の手を離れてテーブルの端にちょこんと腰掛けた。

 

「オイラあんたたち人間に迷惑かけるつもりなんてなかったんだ。でも、寂しくて…」

 

 一つしかない目を器用に伏せる。

 妖怪はもっと東にある山に住んでいたのだという。

 昔は人間達が山の妖に供え物をして、時には歌を歌って宴をひらいていた。

 いつしかそれもなくなり、仲間と共に山の中でひっそりとそれでも平和に暮らしていたのだと言った。

 

「けど山にも人間の家がたくさん作られるようになって、オイラ達が住む場所はなくなってしまった。だから他の土地へ移り住む事にしたんだ。その途中で楽しそうな歌声が聞こえてきて懐かしくて嬉しくて気付いたら仲間とはぐれてオイラ独りだけここにいた」

 

 ここにいるといつも人間が歌っていて賑やかだったから独りでも寂しくはなかったのだ。

 それなのに取り壊されることになって誰も来なくなった。

 取り壊しの準備で人間が来る度に歌を歌ってほしくて曲を流した。

 そのせいで何かが取り憑いているという噂になったのだ。

 そして誰も近寄らなくなっても独り歌って寂しさを紛らわせていた。

 私達が来て歌い始めたのが嬉しくてのぞき込んだところ妖怪の伊緒里にびっくりして降ってきたということらしい。

 

「そうだったんですか」

 

 この妖怪が住処を追われ寂しい思いをしているのが人間のせいだと思うと悲しかった。

 

「オイラ出て行くよ。仲間を探してみる」

 

 一つ目の妖怪はテーブルの上で立ち上がった。

 

「ちょっと待った!!」

 

 伊緒里のその声に妖怪は驚いて飛び上がる。

 

「そのまま出て行っても寂しいやろ。後腐れない方がええ。ウチに考えがあるんや」

 

「おい、何考えてる!」

 

 叶斗が慌てたが伊緒里は何事か企んでいるといわんばかりににんまりと笑みを浮かべた。


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