16:カラオケBOXと初仕事 (1)
「カラオケ…ですか?」
私は難解な文字の羅列から視線を上げた。
言い出したのは伊緒里だった。
向いの席で肘をついた格好でこちらの反応を待っている。
「ウチ明日には帰らなあかんねん。その前に親睦を深めときたいと思てな。行こ?な?」
可愛らしく首を傾げる仕草に赤いボブヘアがさらりとゆれた。
「歌は…あんまり…」
「女子高生ともあろう者が何をゆーとるんや」
どうやら女子高生はみんなカラオケ好きという認識らしい。
「伊緒里っ。じゃましない!」
蒼は運んできたアイスティーをテーブルに置きながらそう言った。
私は今、榊河暁史に手渡された冊子にある術を必死に覚えているところだ。
場所はcafe Sakuraの店内の片隅。
学校が終わるとすぐにここに足を運ぶようになって三日目になる。
主人である暁史はその日のうちに帰ってしまったのに式神の伊緒里がここに残ったのは術を教えてくれるためというわけではないようだった。
「蒼ちゃんカラオケ行こうやぁ。ええやろ?」
蒼に向かってお願いのポーズをとってみせる。
大人が子供におねだりをする図というのはかなり奇妙だがこの二人の関係は蒼が伊緒里の保護者のようなものなのだと数日見ていてすでにわかっていた。
「今度ね。こ・ん・ど」
蒼は軽くあしらう。
「うわーん大人はすぐ今度とか言うんや。ウチは今日行きたいんやぁ」
ついにはダダっ子と化した。
「カラオケなら、こんな情報が来てますよ」
カウンターの向こうにいる朔良はノートパソコンを操作しながら微笑む。
「カラオケボックスから夜な夜な歌声が聞こえるというんです」
「それって普通とちゃうんか?」
カラオケボックスといえば夜通し営業しているところが多いし歌声が漏れてきても不思議はないんじゃないかと私も思う。
「でもね、そのカラオケボックスもう営業してないんですよ」
「それ、確か暁史がピックアップした中にもあったよね。取り壊しが決まっているのに何か取り憑いてるって噂で工事が進まなくて関係者は困ってるって」
「お!ほな、ちょうどええやん。その取り憑いとる奴追い出してダダで歌い放題。ついでに事件解決や!」
肝心なところがついでにされていることに不安を覚える。
「そうと決まれば、ほら、行くで!」
伊緒里は嬉々として立ち上がった。
「わ、私、まだ術なんて全然覚えてませんし無理です」
「ウチが手伝ったるから大丈夫やー。それに実戦あるのみやてアキもゆうとったやないか」
暁史の言葉とは少しニュアンスが違う気がする。
と言ってみたところで伊緒里はあきらめそうになかった。
「困ったはる人がおるんやからズバッと解決したることこそ人間と妖怪の共存のためや」
「放っておくつもりはないけど今日はダメ。かなちゃんいないし、水穂にもう少し時間をあげてもいいでしょ」
叶斗は今日は帰りが遅い。
特別カリキュラムの桐組は他クラスより忙しいのだ。
「わかった。しゃあないな…」
ついにあきらめてくれたんだと胸をなで下ろす。
「叶斗が帰ってくるまで待っとくわ」
「わかってないじゃんか」
「わかってないじゃないですか」
思わず私と蒼の声がハモった。
そしてそんな時にタイミングの悪さは重なるものだ。
「あ、叶斗さんお帰りなさい」
ドアベルの音と朔良の声が店内に響いた。
「叶斗!ええとこに帰ってきたな!!ほな行こかーっ」
「おい!行くってどこに!?」
「事件解決のために歌って歌って歌いまくるんや!」
「は?」
私と蒼は伊緒里の両脇に荷物のように抱えられている。
たいして筋肉が付いているとも見えない腕で人を二人軽々と抱え上げてしまうあたりには人ならざる者を感じずにはいられず、抵抗は無駄だという気すらしてくる。
そこまで彼女を突き動かすものはカラオケだということがよけいに脱力感をおこさせた。
出口へと向かう伊緒里に困惑した眼差しを浮かべる叶斗。
「ほら、早よっ。行くで」
「ま、待て」
もはや伊緒里を止められる者は誰もいなかった。




