131.シュズベリー会戦①
ブリトン王国が軍を動かし、国境にあるバールガムの砦に兵を配置したことはすぐにオズワルド陣営にも伝わった。
砦に兵を配置したが、お互いのんびりとしており戦う気配もない。
ブリトンがアイザック陣営に付いたことは明白である。
それを察するや否や、オズワルドは軍を動かした。
最低限の兵を残し、自ら兵を率いてブリトンとの国境へ出立した。
「ここまでは想定通りね」
ユーフィリアはバールガム砦に来ていた。
別に今回の援軍に組み込まれているというわけではないのだが、いったん関わった以上できることをやろうとするのがユーフィリアであった。
移動は転移魔法で一瞬なので、日常生活を送りつつ様子を見に来ることが可能である。
「このまま我々がここで見ているだけで終わってくれればいいのですがね」
ブリトン王国騎士団長ゴードルフが懸念を述べる。
「それが理想なんだけど、もしうまくいかなかったら?」
「オズワルドは我々に対して怒っているでしょう。隣国との関係が悪化します」
ゴードルフは生真面目に答えた。
もっとも彼は軍人であり、常識的な一般論を述べることしかできないが。
「何もしなくても好意的であるか怪しい人物だったけどね……」
そういう人物像も踏まえて、アイザック陣営に手を貸すことにしたのである。
「ただ見てるだけで成果が得られると考えるのは、虫が良すぎるかもしれない」
「オズワルド陣営にただ見ていただけだと言い張ることはできます」
「それはそうだけど……」
ユーフィリアは悩んでいたようだが、それは長いことではなかった。
「私たちはアイザック陣営に手を貸すことを決めたのよ。そうやってどっちつかずにいるほうがよくないと思う」
ユーフィリアの言葉をゴードルフは黙って聞く。
「そもそもアイザック殿下がスコットヤードと繋がっていないなら、オズワルドが手を組んでいる可能性が高い。関係修復はどのみち難しいわ」
「御意。では何かしら手助けをしましょう」
その決断を待ってましたとばかりに、ゴードルフは同意する。
「私が決めちゃってよかったの?」
「私はただの武人ですので……。どう動くかは任せると言われていますが、外交も絡む決断はしかねます。むしろ助かりました」
「父に伝えておくわ」
ユーフィリアは苦笑した。
「ところでフィオナ姐さんは?」
「『戦闘が必要なら行くけど、ただ見守るだけならいらないでしょう』と言ってました」
「自由気ままな人だしね……」
「魔王を討ち取りし勇者を束縛することはできませんので」
魔王を討ち取った勇者の名声は絶大。
どの国だって引き抜きたい。
そうさせないためには、勇者にはある程度好きなようにさせる必要があった。
もっともユーフィリアのように王族に生まれれば、他国に移籍しようなどとは思わないだろうが。
「具体的にどう動くかですが、さすがにここの兵をすべて動かすわけにはいきません」
「全兵を動かしてもオズワルド軍の半分もいない。正面から野戦を挑める数じゃないしね」
仮に数が十分いたとしても、全軍による一大決戦をやるなど論外だとユーフィリアは思っている。
「何をするかはアイザック殿と相談することとしましょう」
ユーフィリアは頷き、シュズベリー砦へと向かった。
「ユーフィリア殿下。こんなむさ苦しいところにようこそおいで下さいました」
アイザックが笑顔で出迎える。
「しかし遠からずオズワルドの軍勢はこの砦までやってきます。ここは危険です」
ユーフィリアは魔王討伐を成し遂げた勇者であり、アイザックなどよりはるかに強い。
それでもそのように述べるのが騎士道精神というべきものであろう。
ユーフィリアも形ばかりの返答を行い、話を本題に移そうとした。
アイザックも本気で去るとは思っていないので、話を続ける。
「本日は何用で?」
「やはりただ見ているだけというのは性に合わないので、何か手を貸そうと思ったのですが」
「それはありがたい話ですが……。本当によいのですか?」
「ええ。あなた方に負けられると我々としても困るわけだし。それで、作戦を聞こうかと」
アイザックは事情を理解すると、現状の説明を始めた。
シュズベリーの砦は北方は険しい山で守られていて、北から攻めるのは不可能である。
東と西には川が流れていて、それが南で合流する。
東と西の川は砦に近く、天然の堀の役目を果たす。
結局敵が攻めれるのは南側からのみとなっている。
「この砦はすごい攻めづらいのよねえ……」
ユーフィリアが険しい顔で広げられた砦周辺の図面を見る。
「どうやって攻略しようか、とか考えるのは止めてください……」
ゴードルフが控えめに苦言を呈した。
「そういう視点で見ることもありでしょう」
アイザックがフォローする。
「西から攻めてくるオズワルドの軍は、当然ながら少し迂回して南側からこの城を囲もうとするでしょう」
「他に方法はないもんね。空から攻めるという手もあるけど」
ユーフィリアは性格上魔族のことを想定してしまうのだろう。
アイザックは理解を示しつつも否定的な言葉を述べる。
「飛行の魔法が使える者はそう多くありませんし、大半が魔導士系です。身を隠せない空から来たら弓で射落としますよ」
「対空防御を真剣に考える必要があるのは魔族と戦うときだけです。もっともこの砦は対空迎撃はあまり考慮されてないでしょうが」
魔族は南からくる。
だから対魔要塞を作るなら国の南側である。
シュズベリーの砦はあくまで対ブリトン用、対人間用に建設された。
それはブリトン人であるゴードルフにもわかることであった。
「話がそれましたね。オズワルドは南西から川を渡るでしょう。勝機はそこです」
「渡河途中に奇襲を仕掛ける?」
一瞬で見抜いたユーフィリアにアイザックが舌を巻く。
「さすがですね」
「敵の戦力は数倍。それだけでどうにかなるとは思えないけど」
「オズワルドは全軍の指揮を執るため後方にいることが多いです。砦に近い川を渡るのに前方には来ません。ゆえに、敵の大半が渡ったタイミングで後方から奇襲を仕掛けます」
「敵も再度川を渡って引き返してくるでしょう。オズワルドを討ちとるには時間が足りなすぎるわ」
ユーフィリアの懸念はもっともであり、アイザックもそれを指摘されるのは想定済みであった。
したり顔で川の上流を指さす。
「ここで川の水をせき止めています。突撃と同時にそれを開放します。川を渡った敵はしばらくは帰ってこれません」
「なるほど。十分勝算がある作戦だと思います」
ゴードルフが称賛した。
「敵軍の様子を見て、万が一オズワルドが先陣を切って渡河してくるようなら逆に砦から打って出ます。もっともこちらは戦力では貧弱なのですがね。主力は背後から襲うように川の向こうの小山に伏せていますので」
「われらも一部戦力をそちらに送りましょう」
「ありがとうございます! これで勝利は間違いなしです」
打ち合わせが終わると、ユーフィリアとゴードルフは急いでバールガムの砦に戻り、奇襲の準備をした。
数日後、オズワルド軍は目論見通り南西方向よりやってきた。
そしてシュズベリーの砦の南側の川を渡り始める。
オズワルドが後方にいるのは確認された。
オズワルドはフルフェイスの兜をしているが、兜も鎧も黄金や宝石が装飾されており非常に目立つ。
遠くからでもどこにいるか一目瞭然である。
「あれがオズワルドのようね」
勇者フィオナ・スペンサーは仏頂面でつぶやいた。
「機嫌が悪そうですね」
「まさか野宿させられるなんて……」
フィオナはゴードルフを非難がましい目で見る。
「事前に兵を配置しておく必要がありますから」
「私は転移で来れるんだけど?」
「転移魔法を探知されたら作戦が水の泡です」
「むう……」
フィオナは唇をとがらせるが、作戦決行時刻が近づくにつれ集中していく。
そしてユーフィリアを心配そうに見つめる。
「大丈夫? 気が進まないなら来なくてもよかったのよ」
「いえ、自分が関わることを決定したのですし、ただ待っていることなどできません」
ユーフィリアが気丈に答えた。
「人を斬ったことある?」
「もちろんです」
「訓練ではなくて、敵を殺すつもりで、よ」
訓練を受けている以上、そういった経験は確かに多々あろう。
しかし殺すつもりで斬りかかってくる敵に、殺すつもりで剣をふるうのはまた違うものだ。
慣れてない者にとっては、ある意味魔族と対峙するより厄介かもしれない。
「……ありません」
「まあユフィくらいの腕があれば、多少気後れしても何とかなるでしょう」
「囲まれなければ手加減する余裕はあると思います。戦場ではほめられた行動ではありませんが」
ゴードルフがフィオナの言葉に付け加えた。
その時、変化があった。ゴゴゴゴという音とともに川に鉄砲水がやってきたのである。
手筈通り、敵の大半が渡河したタイミングで川のせきを切ったのだ。
水に流された者も出て、敵は混乱している。
「今だ! オズワルドの首を討ち取れ!」
アイザックの号令の元、近くの小山に伏せてあったアイザック軍がオズワルドに突撃していく。
オズワルド軍は分断されたことに慌てふためいていた。
川の向こうの軍は将軍が一喝し、少しずつ冷静さを取り戻しつつあるようだ。
しかし分断されたオズワルドの本陣の混乱は収まっていない。
オズワルド軍は背後を突かれ陣形が乱れている。
アイザック軍はそこに一気呵成に突撃していく。
奇襲はうまくいったかに見えたが、敵軍の喉笛を噛み切るには至らなかった。
アイザック軍は敵本陣にはたどり着けず、乱戦となった。
「くそっ。こんなはずでは」
アイザックは作戦がうまくいかず、いらだっていた。
アイザックの鎧もオズワルドほどではないが十分派手で目立つ。
敵が群がるのを凌ぐので精一杯であった。
「アイランド王国の正規軍はあちらですし。オズワルドの部隊はその精鋭。一筋縄ではいかないですね」
ゴードルフは目の前の兵士を巨大な戦斧で叩き潰した。
「分断しても数はあちらが上。時間がたてば大軍が、水かさが減った川を渡ってくる」
ユーフィリアは敵兵の手足を切り付け、動けないようにした。
「このままではじり貧。やはり私たちがやるしかないわね」
フィオナは火球の魔法を敵の密集地帯に放つ。
10人を超える敵がそれで動かなくなった。
「出しゃばらずに済むならそれでもよかったのですが」
「ユフィの決断は大正解よ。このままだとアイザックは負けてたわ」
フィオナはゴードルフに頷き、一目散にオズワルドがいると思しき方角へと突撃していく。
「ちょっ。一人で突っ走らないでください」
慌ててゴードルフが部隊に指示を出し、あとに続く。
「フィオナだ! 勇者フィオナが来たぞ!」
それは味方にとっては心強い報告であり、敵にとっては恐怖の叫び声であった。
勇敢にもフィオナの前に立ちはだかった騎士は大きな盾を構え、フィオナの剣を受け止めようとする。
だがフィオナの持つ剣は神剣クラウ・ソラス。
その盾ごと騎士をやすやすと切り裂いた。
「げえっ。盾も鎧も紙のように斬られてるぞ」
「気合が足りないのよ気合が」
フィオナはそう吠えながらも相手を次々切り裂いていく。
「神剣は人に向けるとあんなにすごいのね……」
「それもありますが、そもそも人気の桁も違いますから。あのていどのオーラではフィオナ殿の攻撃は受けきれません」
ゴードルフとユーフィリアも会話をしながらも敵を打ち倒していく。
フィオナの一騎当千の活躍ぶりを見れば、ひとりで敵軍を倒せるのではないかとすら思われる。
しかし現実的には体力の問題があり、フィオナのオーラも徐々に弱まり始めた。
「弱ってきたぞ! 手を緩めるな!」
敵の将軍もそれを見て兵たちを励ます。
「うおおおおおおっ」
しかしフィオナが疲れたのを見計らって、ゴードルフが前に出て巨大な戦斧を振り回した。
その斧が振り回されるごとに、何人もの騎士が肉塊へと変わっていく。
「げえっ! ゴードルフ」
オズワルド軍の抵抗もむなしく、フィオナが下がっても次々と突破されていく。
「見えたっ」
ユーフィリアが叫ぶ。
とうとう敵本陣。オズワルドの姿を捉えられる位置まで入り込んだのである。
フルフェイスの兜をかぶっているオズワルドの顔色は見えない。
ただ、慌ててそばにいた魔導士に何やら指示を出した。
「遅いっ! アローレイン!」
魔道士が魔法を使おうとすると同時に、ユーフィリアも魔法を放った。
空より大量の魔法の矢を放つ魔法である。
ただし威力はたいしたことはない。
重装をしている騎士にはたいしたダメージはないであろう。
しかし軽装の魔道士にはそうではなかった。
魔道士が使おうとしたのは転移魔法。
オズワルドは逃げようとしたのだ。
転移魔法は発動まで多少の時間がかかる。
その間に攻撃を受け集中が乱れたり、自分で動いたりするとキャンセルされてしまうのだ。
人間ならば投石や弓矢で攻撃される程度で転移が難しくなる。
ここまで敵がやって来る前であれば、転移で逃げることも可能であったであろう。
しかし奇襲を受けたとはいえ、少数の敵相手に戦いもせずに逃げるのは論外であった。
その判断が明暗を分けた。
転移がキャンセルされたことでオズワルドは剣を抜いた。
「叔父上! 覚悟っ」
アイザックがオズワルドに飛びかかっていき、事実上の一騎打ちが始まった。
二人の剣技は互角のようで、一進一退の攻防が続く。
しかしその一騎打ちはあっけない幕切れとなる。
「グハッ」
苦悶の声が兜の奥より漏れる。
後方より忍び寄ったゴードルフがオズワルドの背中に戦斧を振り下ろしたのだ。
「明確な一騎打ちを宣言をしたわけでもないのでな」
ゴードルフは悪びれることなくそう告げた。
その隙を逃すわけもなく、アイザックはオズワルドの胸に剣を突き立てたのであった。




