130.ないあるよ
「あるよ」
そのセリフを聞いて、皆が一斉に俺を見る。
「ダグザを崇める人ならば絶対に断れない勝負があるだろ」
俺の自信満々の答えを聞いて、皆が顔を見合わせた。
「神前試合――ヴァルキュリウルか」
リチャード二世が顎に手を当てて思案にふける。
「戦の神ダグザの御前で行う神聖なる試合ですね。ダグザ教徒であればそれを拒否することはできません」
フィオナは思い出しながら説明を始めた。
一応ダグザ教を信仰しているらしい。
神の御前で行うというのは、そういう名目でやるという意味だ。
実際に神が降臨するとかそういうわけではない。
「確かに、過去様々なもめ事をヴァルキュリウルによって裁定してきました。敗者は勝者に従うルールですので」
シュメロも失念していたようで、それがあったなといった顔つきである。
「試合なら確かに犠牲はほとんどないわね」
ユーフィリアの声が明るくなった。
犠牲が出る可能性はあろうが、ほぼ0にできると言っていいだろう。
戦争をするよりははるかに少ないのは間違いない。
「――ですが」
シュメロが咳払いをする。
「それをするには三つ必要なものがあります。一つはダグザ教法王の支持。ヴァルキュリウルを宣言できるのはダグザ教法王のみです」
「法王も国の混乱を望んではおられません、法王の支持は問題なく得られます」
アイザックが断言した。
「問題は残りの二つ……。一つは神杖レーヴァテイン。400年前に人類にもたらされし神器の一つ」
ヴァルキュリウルの宣言はその杖を掲げながらすることになっている。
400年前にもたらされた武器のうち、レーヴァテインはダグザ教団の法具となったのである。
「あとは聖痕――スティグマを持つ司祭。聖痕は神の祝福を受けし司祭の体に顕現する傷です。この三つがヴァルキュリウルを宣言できる条件となっています」
世界に一人だけ、聖なる傷を持った者が現れる。
それは神に祝福されしものであり、宗教関係者にとっては最も尊ぶべき存在である。
人類が未熟だった時代において、宗教的権威は今よりもはるかに大きい。
まさに神のごとく崇め奉られていた。
男性なら聖人、女性なら聖女と称された。
「それを用意すればいいだけだろう」
俺がこともなげに言うと、シュメロが眉をひそめる。
「レーヴァテインが今どこにあるかご存じで?」
「しらんな」
太古の武器は国や個人がそれぞれ引き継いでいる。
今の所持者が誰かなんてのは逐一調べてなどいない。
だいたいダグザ教団の法具なんだから、ダグザ教団関係者が持っているのだろうが。
「でしょうな。我々も知りませんので」
「んん?」
「アシュタールって物知りのくせに、こういう情報にたまに疎くなるよね」
ユーフィリアが呆れている。
「50年前の第六魔災のことよ。最初は人類は連戦連勝。あっさり魔王を魔王城に追いつめたわ」
「当時の人類は皆こう思いました。今回は弱い魔王のようだと」
シュメロが当時の様子を語る。
「最後の仕上げとして人類の最精鋭を集め、魔王城に突入することなった。そして彼らは突入し――壊滅した」
「魔王は力も戦力をも隠していたのだ。その敗北はただの局地的敗北では済まなかった」
リチャード二世が苦々しげな表情となった。
「勇者が皆死んだ。その仲間たちもほぼ死んだ」
「楽勝だと思われていたので、功名心から普通なら参加しない方も参加していました。ダグザ教の法王もそうです。法王が亡くなったことで教団も混乱しました」
シュメロはその話をするのはやや恥ずかしげであった。
まあ法王が調子に乗って討伐隊に加わって戦死とか恥だしな。
それだけ当初は楽勝ムードが漂っていたということだが。
「もう一つの大きな問題が、神器の大半を消失したことね。神器の所有者は勇者とその仲間。当然魔族に奪われたわけよ」
同じく神器を奪われるという経験をしているユーフィリアが重々しく話す。
「魔族はその神器を魔王城に厳重に保管したわ」
「使ってくれれば奪還の機会もあったんだけどねえ」
「神器は魔族に対して絶大な効果を発揮しますが、人間に対してはそういった効果はありません。もちろん十分すごい武器なんですが、奪還されるリスクを考えれば使う気にならなかったんでしょう」
ユーフィリアはフィオナを見ながら答えた。
「人類も奪還しようと魔王城に転移奇襲を仕掛けたりしましたが、厳重に守られていて成功しませんでした」
この中で50年前のことを直接語れるのはシュメロのみであろう。
他の人にとっては歴史の授業の復習といった体であった。
「そういうわけで、人類はその後魔族にボッコボコにやられて、魔災と呼ばれるほどの被害となったわけね」
「それを奇跡の魔法で大逆転してくださったのが大魔導士セリーナ様ですが、それはともかく」
シュメロはそれかけた話を元に戻す。
「魔王退治後、時間はかかりましたがなんとか魔王城も攻略しました。それで神器も無事奪還。ただし――神杖レーヴァテインのみがありませんでした」
「なぜ?」
俺は首をかしげる。
「それは私にわかるわけもありません。それ以降行方不明のままです」
シュメロは首を左右に振った。
「それと聖痕持ちの聖職者の件ですが、こちらも不在です。50年前の魔王城突入時に当時の聖女様が戦死なされたあと、新たな顕現者は出ておりません」
「通常ですと前任者が死んで遠からずして、次の顕現者が出るものなんですけどね」
アイザックが不思議そうに一人ごちる。
「あー。そういうこともあるんじゃないかな」
俺は曖昧な返事をした。
「そういうこともあるで聖痕所持者が不在になっても困るのですがねえ」
「そういうわけで、近年ヴァルキュリウルが行われたことはありません。不可能なのですっかり失念しておりました」
「逆に言えばそれらを探せばいいんだろう?」
「探せるならそうですね」
シュメロは俺の前向きな意見を聞いて苦笑している。
「実行不可能な仕組みをそのままにしておくって無駄よね」
ユーフィリアが率直な感想を述べる。
「これに関してはダグザ教団も問題視していましたが、そう簡単に解決できる問題ではありませんので」
「神聖なる儀式、教義というものは容易に変更できるものではないからのう」
宗教に関してはあまり深入りしたがらないのがリチャード二世である。
宗教を利用すれば統治がしやすい半面、王もいろいろと縛られることになる。
政策への介入も受けることになろう。
「じゃあとりあえず探しておくから」
「探すのは別にいいんだけど、何か当てはあるの?」
「ないあるよ」
「あるのかないのかはっきりしてよっ」
当てなんて当然ないんだけど、正直にないって答えたら負けだ。
そんな俺の気持ちを理解できずにユーフィリアはツッコむ。
「まあ好きに探してください」
一方シュメロは俺の言葉を軽くあしらう。
「つまり、我々はオズワルドを討つしかないということです。それでですね……」
俺の提案はそれで棚上げされ、決戦を挑むことが決まった。
話し合いが終わるとアイザックたちはバールガムの砦へと帰っていった。




