紅茶
喫茶店「フェイスレス」は昭和レトロ風の喫茶店だ。内装はもちろん、オリジナルのロゴマークもこっていて、金縁に黒のスフィンクスっぽいキャラクターが、カップや皿、看板などに刻まれている。
実際には、平成に入ってから開店した店だが、今ではそれなりに建物も年を取り、老境に入った店長の穏やかな落ち着きのある物腰もあって、知る人ぞ知るお店だ。
隣にある「サウザント」というケーキ屋さんは、店長の親類で、店のケーキや一部のスイーツは、この「サウザント」から仕入れている。
わたしは、ここでアルバイトをはじめて一年になる。我が校はアルバイト希望者にたいして「成績さえ一定以上ならオッケイ!」「ご家庭に事情があるならなおのことオッケイ!」というフリーダムな校風で、ありがたくその制度を活用して高校生になってからすぐに働きだした。
最初は、まあその、やらかすこともあったけれど、今は一部の紅茶を淹れることを任せて貰えるくらい成長した。常連さんも覚えたし、もちろん提供する紅茶の好みも把握し、いわゆる「いつものお願いね」をしている。
最近はファーストフラッシュとかを学び始めたところ。採集時期や茶葉の種類など、知れば知るほど紅茶は奥深い。任せて貰えるのが一部なのも、むしろ当然で、任されたときも砂時計と温度計を睨み付けながら丁寧に淹れている。
まあとりあえず、香りで茶葉を当てられるようになったのはほんのちょっとだけ自慢。
いつも通りに学校が終り、「フェイスレス」へ直行。すでに開店済みなので、出勤の都度、店長の指示で雑務を片付けてから、ルーティン業務に入る。
とはいえ、わたしと店長のふたりで手が足りなくなるほど一気に人で溢れることはないのだけど。激混みするようなことはないけど、店内には常に何組かのお客様がいる、そんな店だ。
カランカラン
「いらっしゃいませー!」
大声になりすぎないように、しかし、あまり畏まらないように。
わたしはドアベルの音に反射的に声を上げた。
入ってきたのは、たぶん始めましてのお客様。
二十代の青年と、十代後半ーーわたしと同い年くらいの青年と、それから小学三年生か更に低学年くらいの男の子の三人だ。
「おや。いらっしゃいませ」
棚の茶葉を整理していた店長が、顔を綻ばせた。
店長は完全に日本人なのだが、先祖に異国の血が入っているとかで、彫りが深くて浅黒い肌のエキゾチックな風貌をしている。
店内は空いていたので、「お好きな席へどうぞー」と声をかけると、彼らは窓際のボックス席へ。
店長が自ら「メニューをどうぞ」と歩み寄る。一番年上の青年と、一番年上の男の子とは知り合いらしく、なんだか話に花が咲き始めた。
わたしはいつもどおり、お冷やとおしぼりを人数分用意しに奥へ向かったので、細かい話は聞こえなくなった。
冷たい水と、滅菌済みでビニールパッケージされたおしぼりをお盆にのせて戻ると、店長もキッチンへ入ってきた。
「あ、店長。お知り合いですか?」
「そう。こっちに来るなんて珍しいから、つい話しかけちゃった」
「そうなんですね。もしかして、川の向こうから?」
「そうそう。旧市街に住んでるんだ。向こうのパン屋さんとお肉屋さんの常連さん」
喫茶店「フェイスレス」は地元民から通称・新市街と呼ばれる地域にある。同じ市内なのだが、都市開発がガンガン進んでいるのが新市街、橋を一本渡って川向こうにあって、大自然が豊かすぎてクマとか日常的に出るのが通称・旧市街だ。昔から続く田畑、日本人の思い描く「田舎の田園風景」が広がるが、案外商店街や住宅地も新たになっているし、農産物に加えて、山と川の恵みに溢れ、それらは新市街で地産地消されていく。足りないのは海の幸ぐらいだけど、ジビエ肉や山菜がわんさか流れてくるので、新市街には専門店があり、それらは観光客を呼ぶ。旧市街にも、霊験あらたかな神社や温泉があり、新市街の隆盛で交通の便が良くなって、観光客が足を延ばしてくるので、完全にWinーWinである。
店長の親類は、旧市街で育まれた農作物や果実で作ったパン屋さん、山で獲れるお肉の店を、旧市街で開いている。
店長、親類多いなあ。「サウザント」の店長さんも、うちの店長を若くしたみたいなエキゾチックな美青年なんだけど、パン屋さんと肉屋さんはどんなひとたちなんだろ。
そんな店長一族(?)と親しいという初見のお客様は、ちょっとばかり気になってしまう。ほへ~と頷いていると、ボックス席から手が上がった。注文が決まったらしい。いつもどおり、わたしがメモを片手に聞きに行く。
「注文お願いします!」
小学生くらいの男の子が、とても嬉しそうに見上げてくる。サラサラの黒髪に大きな黒いつぶらな瞳。小柄で、ちょっと痩せ気味に見えるが、健康そのものといった血色の良い肌艶をしている。
「えっとね、おれはロイヤルミルクティー」
「俺は、今日の紅茶をホットでお願いします」
続けて、わたしと同い年くらいに見える青年が静かに言った。一見して、ひょろりとした細身で、体格そのものは良いが顔色が悪い。灰色を帯びた、なんともいえない色白さで、あんまり日に当たっていなさそう。でも猫背なだけで、不健康には見えないが、もしかして身体が弱いのかも?
「オレも紅茶、同じものを。あとフルーツサンドをひとつ。店長にも話したんですが、この後もう一人合流するので、そのとき追加注文させてください」
一番年上の青年が、最後に言った。
「もちろん、かまいませんよ」
三人ともなんだか凄く嬉しそうな雰囲気だ。なにかのお祝いでも今夜するのかな?
注文内容を確認して、踵を返す。
店長に今日の紅茶二つ、ロイヤルミルクティーひとつと伝えて、私はフルーツサンドを作りにかかる。
ほどなくフルーツサンド完成。暖かなミルクの香りと、二種類の紅茶の香りが馥郁と漂う。
ひとりで持っていこうとしたが、ポット三つと皿ひとつ、盆を両手に載せていくのを重そうとでも思ったのか、店長が盆のひとつを手に取っている。これくらい、別に重くもなんともないのだが、まあいいか。
「ご注文、お間違いないでしょうか」
「はーい!」
「美味しそう」
「いい香りだねえ」
テーブルに並べられた紅茶とフルーツサンド。素敵な光景だ。
下がろうとする一瞬前に店長が親しげに話し始めた。
「ごゆっくりどうぞ。それにしても、薔薇ちゃんが初のお給料で家族に焼き肉をだなんて、めっちゃ薔薇ちゃんだねえ」
笑み崩れる店長に、お客様三人もニコニコ笑い返す。
「高校生なんだし、新しい友達も増えたんだし、そっちと行けばいいのにって言ったんですけどね」
「その新しい友達も、やっぱり家族でご飯に行くらしくて」
思わず店長の隣で聞いてしまったが…なんて良い話だ。それに、その子達の気持ちがめちゃくちゃ分かる。なにしろわたしも、家族に、たったひとりの大切な父親に同じことをしたからだ。父は体質のせいで夜しか働けないので、給料そのものは良いものの危険で過酷な仕事も多い。あんまり無理はしないで欲しい。なので、わたしも春星高校に入ってすぐにバイトを始めた。懐かしい。
「あれ、でもそれで、うちで食べていって大丈夫? おなか」
「むしろ薔薇は、ここでお茶でもして少し落ち着かないと」
「牛一匹食べちゃう」
「給料が足りなくなる」
きゃっきゃっと盛り上がる知人たちの輪から、わたしはそーっと離れてカウンターへ戻った。
どうやら例の子は、バイトを早上がりして来るそうだ。存分にゆっくりしていただこう。
平和でゆったりした午後。
店内の静かなクラシック音楽は、本物のレコードがラッパみたいな装置から厳かに響いている。これはなんの曲だっけ…有名なやつというか、誰しも聞いたことのあるような曲だけど。
店内に染み込むように漂う紅茶の香り。
さざめく家族の幸せそうな会話。
調和する平穏な、この時間が、わたしは好きだ。
カランカラン
「いらっしゃいませー!」
キーワード「紅茶」 終




