裏道
「日が暮れてから、ばあちゃんちの裏道を使っちゃいけないよ」
物心つく前からずっと、彼は祖父母や両親から、そう言われ続けていた。
最初は素直に受け止め、少しずつ、なんでだろう?と思いながらも、従って生きてきた。
ばあちゃんちの裏道ーーそれは、端的に言えば帰路の途中にあり、近道となる道。
車がすれ違うのは、ちょっと難しい細い道だが、きちんとアスファルトで舗装されている。古い電信柱と古い街灯。父方のばあちゃんが住んでいた家と、それを囲むブロック塀。道の反対側は知らない人の家とそのブロック塀。
つまりは、民家の間にある、壁と壁の間の、多少圧迫感のある一本道。
ゆるくカーブしているので、道の先は見通せないのだが、数分もかからずに、人も車も常に行き交う道に出る。
本当に短い、細い裏道。
けれど、父方の祖母であるばあちゃんが生きていた頃から幾度となく言われ続けていた。
「日が暮れてから、使っちゃいけないよ」
とはいえ、使う理由があんまりない。なのに、なぜこんなにもしつこく諭されるのか分からない。
ばあちゃんちを訪ねるときは、玄関のある道が、車を庭先に停めることもあるし、広い道に面しているから、裏道なんか通らない。帰るときも、別に通る必要がない。
小中学校への通学路は、全く別の道。
使うとすれば、友達と山で遊んだ帰り道ぐらいだが、そういうときはコンビニに寄ったり、おしゃべりを続けるためにむしろ少し遠回りするようなこともあるし、広くて明るくて人通りの多い道を選ぶ。わざわざ、あんな暗くて狭い道へは近づかない。
ばあちゃんが亡くなって、家が空き家になってから、ふと、なんでやたらと「使うな」と言われ続けていたのか、気になり始めた。
近道になるとはいえ、ほんの数分。むしろあの狭い道で、通り抜け目的の車とでも鉢合わせする方が、めんどうだし危険だ。
疑問は、成長しても消えることなく彼の頭の片隅に存在し続けた。
高校生になって、バスケ部にはいった。練習はやはり大変だし、やな感じの先輩は当然いるし、部活特有のルールというか文化みたいなものは面倒くさいし、疲れるが、それ以上に、充実した楽しい日々。ありあまる体力を全開にして、生命力を輝かせる。
ただ、彼の家は高校から結構遠い。部活の後はたいてい寄り道せずに帰宅する。同じ小中学校の出身者たちは、みんなそうだ。だからむしろ、帰り道は今も仲良しの旧友たちで溢れていて賑やかだ。
しかし、今日は、ちょっと寄り道をした。部活で色々あって、同期の友達と憂さ晴らしにゲーセンで遊び、未成年者がいられる限界まで居座って店員に追い出されてからも、近くのコンビニ前でしばらく話し込んだのだ。当たり前だが、いつもよりかなり遅い時刻のバスに乗ることになった。この後の本数は三本しかない。
家族には、遊び始める前に遅くなることを連絡してはいたのだが、こんなに遅くなるとは。交番のお巡りさんや、巡回中の駐在さんに見つかったらたぶん普通に怒られるだろう。親からも「まだ帰ってこないの?」というメッセージや着信履歴が並んでいる。
降り立ったバス停で、親宛にメッセージを帰して、歩き出す。
空腹がかなり限界だ。コンビニ前でだべっていたとき、少しばかりお菓子やアイスを食べたが、全力で運動した後の高校生男子にとって、到底充分なものとはいえない。しかしそのときは、話に夢中だったから、今さらになって自覚したのだ。
急いで帰りたいーーそう思いながら、足早に家路を辿っていて、ふと気付く。
顔を上げると、「ばあちゃんちの裏道」が、すぐ目の前にあったのだ。
いつもは、気にも止めずに素通りする、ほんの数分のショートカットができる裏道。でも、今日はその数分が欲しい。
深く考えず、裏道に足を踏み入れた。
暗い。
両側の壁と空き家が、人工的な闇と圧迫感を与え、道の奥にポツンと灯る街灯がいっそう暗闇を深く濃く感じさせる。
足が止まったのは、偶然か、はたまた、その音が聞こえたからか。
闇の奥から、だれかが、走ってくる。
恐怖心を抱く前に正体が分かった。
小学生くらいの男の子だ。
小柄で細っこい、というぐらいしか、これといった特徴のない、小学校の低学年か真ん中あたりの男の子が、少し焦ったようすで走ってくる。
「ふぃー、また迷子になるところだった」
街灯の下を通りすぎたとき、そんなことを全身脱力するかのように吐き出して、あっという間に目の前に走ってきた。だいぶ息が上がっていて、ハアハアと疲れたようすだ。細い黒髪が、汗で額に張り付いている。
「おにいさん、こっちへ行くの?」
「えっ?!」
男の子は、頬を上気させて肩で息をしながら、彼を見上げると、出し抜けに聞いてきた。
薄暗い裏道にあっても、なお真っ黒な大きな両目が、真っ直ぐに見つめてくる。
「え、えっと、え、なんか、危ない? 誰かいるの? すぐそこ、道だよな、大通り」
「あー、うん、そうだね。どうしても行きたいなら、止められないんだけど」
微妙に会話が噛み合っていない。
小学生の男の子は、誰かに追われて逃げてきたとか、そういうことではないようだ。そうであれば、子どもとはいえ、年上に助けを求めるなりするはずで、立ち止まって悠長に話すはずはない。
そういえば、近いはずの大通りの、車の往来する音が聞こえない気がする。
「おにいさん、どうしてもこっちへ行きたいの?(ぼうてん)」
息を整えた男の子が、再び訊いてくる。
ーー日が暮れてから、ばあちゃんちの裏道を使っちゃいけないよ
日はとっくに暮れ落ちて、世界は完全に夜に支配されている。
「…いや、行かない」
答えたとたん、街灯がふうっと暗くなって、すぐにもとに戻った。一瞬だけだったが、この世の全てが真っ暗になった。
「そっか。もう遅いもんね。早く帰った方が良いよ」
「それは、君の方こそそうなんじゃないの?」
「てへへ、ちょっと迷子になっちゃって。じゃあね、ばいばい」
小学生は、小走りで彼の傍らを通り抜けて裏道から出ていった。
もう一度、彼は裏道に目をやる。
ごく普通の道だ。
田舎の道は、暗いのが当たり前。
道の両隣が壁なら、圧迫感があるのも当たり前。
踵を帰し、すでにどこにも姿が見えない小学生のことを少し考えてから、頭を左右に振って、毎日使っている帰り道へ戻った。
キーワード「裏道」 終
たぶん今回の企画で、「煙」と双璧になる理不尽ホラー?
「ダメなものはダメ。そういうものなのです」という、ルール押しつけ型怪奇現象
ただし、気をつけていれば回避可能なので、放置されてる
この裏道、どこへつながっているのか?
なにがひそんでいるのか?
どうしても入りたいなら、誰も止めません




