↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ばぐらび! from Bug&Lavi Project  作者: るーと


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
80/91

47_見たもの

見知らぬ街の輪郭が、ゆっくりと像を結んでいく。木組みの屋根。飾り気のない土壁。行き交う人々の話し声——それが、ふいに覚えのある温もりへと変わった。


隣に、そっと気配が生まれる。振り向くと、白い髪の姿が、いつのまにか並んで立っていた。パッチだ。


「……なんで、って顔だね」


戸惑うラヴィの顔を読んだように、パッチが言う。


「繋いだばかりの糸は、まだあたたかいから。——そのぬくもりを伝って、僕も、ここまで来られた」


いつもの醒めた声だった。それでも、隣にいてくれることが、ラヴィにはただありがたかった。


「うん。——ありがとう、パッチ」


小さく笑うと、パッチはなにも言わずに、視線だけを前へ向けた。


*


崩れ家の、傾いだ天井の下。灰色に沈んだ、瓦礫の街——灰区。すり切れた毛布を、眠る二つの寝顔に、そっとかけてやる指があった。


——ミューの、記憶だ。


「ほら。あたしは、もう一個盗ればいいだけだし」


奪われてばかりだった猫が、はじめて、何かを抱きしめる側になった夜だった。


温かな像は、長くは続かなかった。


見上げた先——顔のない影とともに、まばゆい雷が、まっすぐ天から落ちてくる。天秤の皿が、静かに沈みきっていた。


「盗んだのは、あたし。——ぜんぶ、あたしが勝手にやったこと」


啖呵を切る声。守るように広げた小さな両腕。光が弾け、大地が裂けた。底の見えない暗い穴。ミューの姿は、そこへ音もなく吸いこまれていく。


「……諦めないで。強く、生きて」


その言葉を最後に、姿は暗い底へ消えた。残された子どもたちが、その縁に石をひとつ、またひとつと積んでいく。


胸の奥が、締めつけられる。ラヴィは声も出せずに、それを見ていた。


*


杉木立の奥、苔むした岩を回りこんだ先の小さな窪地。積んだ石の下から取り出した、色褪せた押し花の包み。よく似た顔の少女が二人、それを覗きこんでいた。


——ネオンと、その姉の記憶。


「見て、ネオン。うまくできたでしょう」


「……きれい」


里の誰も知らない、姉妹だけの時間だった。


けれど、像はすぐに紅蓮に染まる。崩れる城、迫る梁——突き飛ばされた体。振り向いた先、姉が、その下敷きになっていた。


「私は、普通の女の子として、生きたかった。ネオンも、そうでしょう?」


かすれていく声。それでも、笑っていた。


「影は、闇に、死すべし……よ。さぁ……はやく……」


そこから時が飛ぶ。傭兵として彷徨う、うらぶれた背中。神域と呼ばれる戦場に立ち、幾つもの分身をまとって紛れ——だれに気づかれることもなく、あっけなく、命の灯が消えた。


*


湖の水面に、月が映っている。波打ち際で、二つの影が寄り添うように揺れていた。


——ピアの、記憶だ。


「行け。人を愛し、添い遂げろ。私は、この姿のまま、お前のことを、ずっと想い続けることになるだろう」


差し伸べた手を、自ら放す。老いていく者と、老いぬ者の、埋めがたい溝。それでも、その瞳に宿る想いだけは、幾世紀を経ても変わらなかった。


灯りの並ぶ静かな郷が、ある日、跡形もなく塗り替えられていく。虚ろな瞳の同族が、操られるだけの影と化していた。かつて対等に渡り合った相手を追い、神域まで単身たどり着く。


顔のない、塔のように高い影が、すぐそこに立つ。裁きが、降りようとする。その眼前——ピアは、考えるより先に、体が動いていた。庇うように、前へ。千年染みついた習い性のままに。


白い光が、その身を貫く。最期に浮かんだのは、湖畔の月明かり。差し出された硬い手のひら。


——グレン。


それだけを、思い浮かべた。この千年、ずっと変わらず。


*


硝子細工の宮殿。椅子に座っていられない赤毛の姫が、稽古場の片隅で、剣を振るう女騎士の姿に目を奪われていた。


——カトレアの、記憶。


「今度、ボクが強くなったら、シエラ、相手をしてくれよ」


弾む声。稽古に明け暮れた歳月。際限なく強くなり続けた、その先に——崩れゆく神域の戦場があった。


退くよう命じる声。抱きかかえられ、支えられながら、それでも笑っていた。


「シエラは、最後まで、ボクの言うことを聞いてくれないな」


「国へ、帰りましょう。帰ったら、あの夜のような、星の綺麗な晩に——」


初めての誘い。


「……喜んで」


短く答えるのが精一杯だった。傷はどこにもなかった。ただ眠るように、意識が静かに遠のいていく。


*


四つの像が、ゆっくりと闇へ溶けていく。


残されたのは、ただ重たい静けさだった。


ラヴィは、震える声で、隣に立つパッチへ問いかけた。


「……パッチは。こういうの、ないの? だれかと過ごした記憶」


「……さあ」パッチは、目を伏せたまま。「考えたことも、なかった」


短い答え。それ以上踏みこませない響きがあった。それでも、ラヴィは、聞かずにいられなかった。


「みんな。——あんなに、あたたかい記憶を、持ってたのに。最後は、あんまりだよ……」


パッチは、しばらく黙っていた。それから、静かに口を開く。


「……この世界は。——ゲーム、なんだ」


「……ゲームって、なに?」


聞き覚えのない響きに、ラヴィは戸惑った。パッチは、言葉を選ぶように間を置いてから続けた。


「外側に、大勢の人がいる。その人たちが、物語を追ったり、動かしたりして、楽しむための——遊びの、世界だよ」


「遊び……」


「そう。——遊びの一部。そのはずだったんだ。彼女たちの死も」


パッチの声には、抑揚がなかった。


「でも、いまはもう、だれも遊んでない。……ここは、その遊びが、終わった後の世界だよ」


しん、とあたりが静まる。


「——だから」パッチは続けた。「この世界で起きることに、意味なんて、ないんだ」


その言葉には、怒りも悲しみもなかった。ただ、事実だけを述べる乾いた声だった。


ラヴィは、しばらく、なにも言えなかった。胸の奥が、ぎゅっと痛んだ。——でも。


やがて、ぽつりと。


「……でも。わたし、みんなと出会えたよ。——パッチとも」


まっすぐな声だった。他意も駆け引きもない——ただ、それだけを伝えたくて。


パッチが、目を見開いた。なにか言おうとして——けれど、言葉は出てこなかった。ほんのすこし目を伏せる。いつもより、すこしだけ長い沈黙。


伏せた目もとに、ふっと、やわらかなものが差した気がした。——ラヴィには、そう見えた。


*


闇が、深くなる。像も、声も、遠くなっていく。——ラヴィの意識は、ゆっくりと、浮上をはじめていた。


「……ん」


まぶたを開けると、見慣れた居間の灯りが、真っ先に目に映った。やわらかな明かり。長椅子。壁際の本棚。——メゾン・ド・ラヴィだ。


「ラヴィ!」


ミューが、ぱっと顔を覗きこんできた。心配そうな瞳が、揺れている。


「だいじょうぶ? うなされてたよ、ずっと」


「……うん」


体を起こしながら、ラヴィはまだ夢の余韻を引きずっていた。見れば、パッチは、いつのまにか出窓のふちへ戻っていた。夢の中の近さが、まるで嘘だったみたいに、また、少しだけ遠い。ネオンが、腕を組んだまま黙ってこちらを見ている。カトレアも、レイピアの柄に手をかけたまま、案じるような目を向けていた。


「……見た」ラヴィは、ぽつりと言った。「みんなの、記憶」


その一言に、場の気配が変わった。


「……そうか」ピアの声が、静かに応じる。「なにを、見た」


ラヴィは、言葉を選びながら、ゆっくりと語った。——それぞれが生きてきた日々から、その終わりまで。見た記憶を、そう、大まかにだけ伝える。細かな中身には、あえて触れなかった。だれにも、知られたくない一片が、きっとあるはずだから。


声は、それでも、かすかに震えていた。


「……で」しばしの沈黙を破ったのは、カトレアだった。「肝心の、君自身のことは。なにか、思い出せたのか?」


ラヴィは、静かに、首を横に振った。


「ううん。……わたしのことは、まだ、なにも」


短い答えに、それ以上、誰も踏みこまなかった。


「……みんな」ラヴィの声が、かすれた。「世界が、ぐちゃぐちゃになって。——みんな、同じものが、原因で……」


しん、と沈黙が落ちた。


長い、長い間があって。


「うむ」ピアが、ゆっくりと口を開いた。「——同じもの、か。儂も、ずっと引っかかっておった」


一拍、置いて。


「世界を無理やり混ぜ合わせ、人を裁こうとした神がおる。——いつか話した、あの神話の神じゃ。おそらく、みんなを追い詰めたのも、その同じ神じゃろう」


ラヴィの胸が、ざわりと騒いだ。


「そして」ピアが、続ける。「その神は——もう一人のお主とも、無縁ではない。なぜ、ラヴィという存在が、二人おるのかは、儂にも分からん。じゃが」


一拍、置いて。


「アストライア・グランドクロス。——裁きの神の、名じゃ」


その名に、部屋の空気が、ぴんと張りつめた。


「もう一人のお主の器は——おそらく、それに満たされておる」


ラヴィは、息を飲んだ。


いつか、ピアから聞いた、あの神話の名前。——女王を退け、世界を裂いた、その神の名が。いま、初めて、もう一人のわたしと、線で繋がった。


遠い、遠い高みに、いまも、彼女は、いる。その存在の重みが、いま、はじめて、はっきりとした形を持った。


胸の奥に灯った、ちいさな確信を抱いて。ラヴィは、静かに、その名を繰り返した。


「……アストライア」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
本作はBug&Lavi Projectという創作群の一環として制作しています。 詳しくはこちら→Bug&Lavi Project公式サイト 関連する楽曲なども公開しております。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。