↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ばぐらび! from Bug&Lavi Project  作者: るーと


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
78/91

C5_約束

神域の裁きが、世界を覆おうとしている——その報せが、ルミナリアに届いたのは、ある年の初めだった。


各地から、名もなき戦士たちが、神域へと集いはじめているという。裁きを退けぬ限り、この世界に安寧はない。国王は、しばし黙考した後、騎士団の出陣を許した。


「団長として、参ります」


カトレアが片膝をつき、そう告げる。国王は、これまでにないほど重い顔で頷いた。傍らの王妃は目元を袖で押さえていた。


「必ず、戻ってくるのですよ」


「ああ。約束する」


軽い調子で応じてみせたが、王妃の目は、なかなか離れなかった。ガロも、ナナも、王宮の門前まで見送りに来ていた。


「団長、無事のお帰りを」


ガロが、深々と頭を下げる。ナナは涙ぐみながらも、無理に笑ってみせた。


「約束ですよ、姫様」


「約束する」


国王が、豪快な笑みを作ろうとして、失敗した。それでも、無理にその表情を保った。


「行ってこい、カトレア。お前なら、成し遂げられよう」


「はい、父上」


短い返事だった。それだけで、十分だった。


「副団長として、最後までお供します」


シエラが、静かに続く。「最後」という言葉に、まだ誰も、深い意味を見出してはいなかった。


*


神域は、影ひとつ落ちない、白々とした光に満ちていた。足元は、継ぎ目の走る硬い格子に変わっている。怒号と剣戟の音が、絶え間なく響いていた。


数えきれぬ数の戦士たちが、そこかしこで名も知れぬ敵と切り結んでいた。誰が誰の味方かも判然としない乱戦だった。国も種族も、様々な戦士たちが入り乱れている。遠くに剣を振るう小柄な影や、飄々とした身のこなしで戦う誰かの姿も見えたが、名を交わす暇はなかった。この場に立つ誰もが、それぞれの故郷を背負い、それぞれの理由で剣を握っているのだろう。それだけが確かなことだった。


カトレアは、団の先頭に立ち、押し寄せる敵の壁へ、迷わず斬りこんでいく。


《ルミナス》の一閃が、幾つもの敵を退けた。光の軌道が、降り注ぐ攻撃を次々になぞり、逸らしていく。味方が崩れかけるたび、その盾となって割って入る。左右から挟まれれば体を沈めて躱し、頭上からの一撃には切っ先を掲げて弾く。休む間もない攻防だったが、太刀筋には、これまで積み重ねてきたものが、確かに宿っていた。


敵の一団が、新手を繰り出す。翼を持つ影が、上空から急降下してきた。カトレアは、地を蹴って跳びあがり、空中で一閃を放つ。翼が両断され、影が地に落ちる。着地と同時に横合いから迫っていた別の敵を、体を捻ってかわしながら斬り伏せた。息をつく暇もない攻防が、幾刻も続いた。


それでも、力を振るうたび、確かな手応えとともに何かが少しずつ削られていく感覚があった。まるで体の内側にある灯りが、ひと振りごとに、わずかに翳っていくようだった。だが、いまは、それを気にしている暇はなかった。


*


戦いのさなか、若い部下の騎士が、数体の敵に囲まれた。ルミナリアから連れてきた、まだ日の浅い新兵だった。稽古場で、幾度も声をかけてやった顔だ。


「助けを……!」


叫び声に、カトレアは間に合わせようと駆けた。だが、群がる敵を斬り払う分、一瞬届くのが遅れた。振り下ろされた敵の一撃が、若い騎士の体を貫く。


「——!」


咄嗟に飛びこみ、崩れ落ちる体を辛うじて受け止めた。まだ温かい体を、しっかりと抱き止める。だが、もう息はなかった。見開かれたその目には、まだ驚きだけが張りついていた。


「すまない……」


短く、そう呟くことしかできなかった。護るために、際限なく強くなり続けてきたはずだった。それでも、こうして護りきれない者が出る。積み重ねてきた力の、その果てにも、届かない場所があった。周りでは、まだ戦いが続いている。悲しみに浸る暇さえ、与えられなかった。


*


戦いが長引くほどに、体の奥底から、何かが磨り減っていく感覚が強まっていった。


傷は、どこにもない。それなのに、まるで灯りが少しずつ暗くなっていくように、力が失われていく。剣を振るうたび、その消耗は、加速していった。手足の先が、次第に重くなっていく。それでも、それ以上に、はっきりと見えてきたものがあった。


——これ以上、留まっても、犠牲が増えるだけだ。


戦況は、既に、ルミナリアの騎士団が貢献できる域を超えていた。踏みとどまることに、もはや意味はない。指揮官として、下すべき判断は、ひとつしかなかった。


*


「全軍、撤退!」


カトレアの声が、戦場に響いた。指揮官としての最後の号令だった。


「シエラ」


腰の帯から、団長の証である短剣を外し、その手に押しつける。


「ボクのことは、捨て置け。お前たちだけでも、必ず、生きて帰れ」


「——できません」


シエラが即座に、そう返した。


「なりません。あなたを置いて、どうして」


「聞いてくれ。これは——」


「団長命令であろうと、これだけは、聞けません」


きっぱりとした声だった。有無を言わせぬ強さがあった。カトレアは、それ以上何も言えなかった。


*


シエラは、カトレアの体を支え、撤退の隊列に加わった。


「われらの団長。姫を、無事に、祖国へ帰すのだ!」


シエラの声が、浮足立つ騎士団に響く。その一声で、崩れかけていた足並みが、揃っていった。撤退は、敗走ではない。団長を無事に送り届ける——それが、いま果たすべき役目なのだと。


隊列の最後尾を守りながら、後退していく。カトレアの足取りは、次第に重くなっていった。


「団長、しっかり」


シエラの支える腕に、力がこもる。カトレアは微かに笑ってみせた。


「シエラは、最後まで、ボクの言うことを聞いてくれないな」


かすれた声で、そう漏らす。


「最後、などと、誰が決めたのです」


シエラの声には、この状況を認めまいとする頑なな強さがあった。


「国へ、帰りましょう。帰ったら、あの夜のような、星の綺麗な晩に——夜通し、語り明かすのです」


思いがけない誘いだった。ずっと望んでいた言葉のはずなのに、いま聞くにはあまりにも遅すぎた。それでも、カトレアは微かに笑った。


「……喜んで」


短く、そう答えるのが精一杯だった。その声を励みに、力が抜けていく体をかろうじて奮い立たせる。だが、神域の境界が見えてきた、その時だった。


体から、糸が切れるように、力が抜けていった。傷は、どこにもなかった。ただ、眠るように、意識が、静かに遠のいていく。


「団長……! カトレア様……!」


シエラの声が、遠くで聞こえた。応えたかったが、もう声にならなかった。


最後に思い浮かべたのは、硝子の国に差す、いつもの光だった。剣の稽古、ナナの笑い声、ガロの槍、両親の顔、そして——シエラ。かわいい女の子は誰でも口説くと決めていたはずが、まさか、最後になって、向こうから誘われるとは思わなかった。叶うはずもない約束だと、わかっていながら。それでも——悪くない人生だった。


満ち足りた、生涯だった。


*


あの撤退で、ルミナリアの騎士団からこれ以上の犠牲者は出さなかった。シエラは、カトレアの亡骸を抱え、最後まで隊列を離れず、撤退を成し遂げた。


新たに団長となったシエラは、その亡骸を抱え、ルミナリアへと持ち帰った。長い道のりを、一睡もせずに歩き通した。道中、一度も涙を見せなかった。


「団長を、お連れしました」


王宮に辿り着いたシエラの声は、乾いていた。国王夫妻は言葉もなく、その亡骸に縋りついた。王妃の慟哭が、広間に響き渡る。ガロは、無言のまま、深く頭を垂れていた。ナナは、店を閉め、幾日も泣き明かしたという。


国は、カトレアを王女の正装で弔うことに決めた。騎士として死んだ娘を、姫として送り出す——それが両親にできる、精一杯だった。硝子の棺には、傷ひとつない、眠るような死に顔だけが、静かに横たわっていた。


シエラは、葬儀の間、ただ一度も、その傍を離れなかった。腰には、団長の証である短剣を、しっかりと佩いていた。


墓所は、王宮を望む丘の上に定められた。ステンドグラスを模した墓標が、静かに佇む。


それから半年ほどが過ぎた頃、神域の裁きの神が、ついに討たれたという報せが届いた。だが、その報せを聞いても、ルミナリアの騎士団の誰も、歓声をあげることはなかった。ただ、静かに墓標へ花を手向けるだけだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
本作はBug&Lavi Projectという創作群の一環として制作しています。 詳しくはこちら→Bug&Lavi Project公式サイト 関連する楽曲なども公開しております。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。