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ばぐらび! from Bug&Lavi Project  作者: るーと


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N5_影は

普通の女の子には、なれなかった。


融合の混乱がいくらか収まったころ、私は、とある町の宿場で働いてみた。膳を運び、床を掃く。ただの、何でもない仕事。里で見た、あの晴れやかな娘たちの暮らしに少しでも近づけたらと思った。


けれど、皿を落としかけた客の手を、考えるより先に受け止めてしまう。廊下の軋みひとつで、次の一歩を無意識に間合いの外へ置いてしまう。板場の主人が、そのたびに怪訝な顔をした。


「……あんた、何者だい」


答えられず、私は、その宿を去った。


次に流れ着いた市場では、荷運びの仕事についた。重い籠を担いでも、息ひとつ乱れない。それが、かえって不気味がられた。「化け物じみた力だ」と陰口を叩かれる。機織り小屋では、指先の器用さを買われたが、長続きはしなかった。誰かの足音が近づくたび、無意識に逃げ道を目で確かめてしまう癖。忍びとして叩きこまれた体は、どこへ行っても、私を「普通」からはみ出させた。気配を殺す癖。隙のない目つき。とっさに跳ぶ、その跳躍の高さ。誰も、そんな娘を長くは雇わなかった。


ある町では、祭りの晩に行き会った。晴れ着の娘たちが、はしゃぎながら通りを歩いていく。あの日、シオンと並んで眺めた光景と同じだった。誘われるまま、輪の端に加わってみたこともある。けれど、太鼓の音に紛れた不審な足音ひとつに、体が勝手に反応してしまう。周りの娘たちが、怪訝な顔で私を見た。愛想笑いを浮かべて、その場を離れる。振り返らずに宿へ戻った。もう二度と、ああいう場所には行くまいと、そのたび思う。それでも、また同じ光景を見かけると、足が勝手に近づいてしまうのだった。


——普通の女の子として、生きていいの。


あの言葉だけを、頼りに歩いてきた。なのに、その言葉どおりには、どうしても、生きられなかった。


夜、独りになると、懐の紙包みを開いて、押し花を確かめることがあった。淡い紫の花びらは、旅を重ねるうち、いよいよ色を失い、触れれば崩れそうなほど脆くなっていた。それでも、捨てられなかった。この一枚だけが、いまも、あの窪地と、あの日々とを、私に繋ぎとめている。「今度こそ、あの櫛」。最後に交わした、あの約束を、果たす日は、もう、永遠に来ない。それでも、私は、いつか町で見かけたら買おうと、ずっと決めていた。誰に贈るあてもない、その櫛を。


*


食いつなぐために、結局、忍びの技に頼ることになった。


腕利きの流れ者として、名を売る。隊商の護衛。危険な荷の運搬。行方をくらませた誰かを探す仕事。時には、褒められたものではない仕事も断らなかった。裏路地で交わす、金と引き換えの約束。誰も、私の素性を深くは詮索しない。それだけが、この稼業の唯一の気楽さだった。


姉の願いから、少しずつ、遠ざかっていく自分を、私は、どこか他人事のように眺めていた。器用に立ち回れば立ち回るほど、あの反物の色柄も、押し花の淡い匂いも、遠くなっていく気がした。


同業の傭兵たちとも、深くは馴染まなかった。飯場で笑いあう輪から、いつも半歩離れた場所に座る。誘われれば断らないが、自分から加わることはない。「愛想がないな」とからかわれることもあった。その言葉に、笑って流すことはできても、じゃれ合うようには応じられなかった。


一度だけ、同じ隊に組んだ女剣士が、根気強く話しかけてきたことがある。「あんた、双子の姉がいたんだって?」。誰かから聞いたのだろう。「うん」。私は、それだけ答えて、あとを続けなかった。その女剣士は、それ以上は訊かず、ただ「そう」とだけ言って、隣に座り直した。何も詮索しない、その距離感がありがたくもあり、少しだけ寂しくもあった。誰かと打ち解けるたび、また失うことになるのが、もうこわかったのかもしれない。


——ごめん、シオン。


夜、独りの寝床で、そう呟くことが増えた。応える声は、もうどこにもない。それでも、あの言葉だけは、いつも頭の隅に居座り続けていた。届かないとわかっていて、なお捨てられなかった。捨ててしまえば、シオンと過ごした日々ごと、なかったことになる気がして。


*


融合の元凶とされる神へ、立ち向かう者たちが、各地で集まりはじめていた。


噂は、あちこちの町で耳にした。裁きの名のもとに、世界を組み替えようとする人ならざる何か。それに立ち向かう、名も知らぬ勇者たちの一団。信念があったわけではない。忠義でもない。行くあてのない足が、ただそちらへ向いただけだった。腕を求められれば応じる。それだけの、傭兵の仕事として。


戦列に加わるうち、分身の才は、いつしか重宝されるようになっていた。里では、誰にも扱えず、欠陥としてしか見られなかった力。それが、ここでは戦況を覆す一手として頼りにされる。皮肉なものだと、私は乾いた気持ちでそれを眺めていた。教えてくれる者は誰もいなかった。ただ、独りで実戦の中で磨き続けるしかなかった。負けが込めば、分身を盾にして生き延びる。勝機が見えれば、分身で敵の意識を割いて、その隙に切りこむ。里の誰にも見せられなかった技が、ここでは当たり前のように役立った。


戦局は、月を追うごとに激しさを増していった。集まった者たちの多くが、戦いの中で欠けていく。顔見知りになった者も、名を交わさぬまま去った者も、同じようにこの地に骨を埋めていった。誰かの死を悼んでいる余裕は、もう誰にもなかった。


*


決戦の日は、前触れもなく訪れた。


神域と呼ばれる、異様な戦場。影ひとつ落ちない、白々とした光の中。味方の一角が崩れかけていた。押し寄せる敵の壁に、誰もが押し潰されかけている。怒号と剣戟の音。土煙の向こうで、誰かが倒れる気配。


私は、指を鳴らした。ひとり、ふたり、三人と。分身が、戦列の隙間を埋めていく。数の利を失った敵陣に、ひとつの綻びが生まれた。


その綻びを、誰かが突いた。戦いの帰趨が、そこで、確かに傾いた。


——それを、誰かに誇る間もなかった。


乱戦の中、私の意識は、あっけなく途切れた。何が起きたのかも、はっきりとはわからない。痛みすら、まともに感じる間がなかった。ただ、視界が、すうっと暗くなっていった。それだけだった。


英雄的な最期でも、劇的な瞬間でもない。いつもの戦場の、いつもの喧騒の中で、ネオンという娘の生は、そこで途切れた。


*


戦いは、神を討つことで終わった。


生き残った者たちが、勝利を讃えあう。抱き合い、涙を流し、声をあげて笑う輪が、あちこちにできていた。誰かが、戦況を覆した謎の分身術について興奮気味に語っている。それが誰の仕業だったのか、正確に知る者は、この場にひとりもいなかった。その輪の、どこにもネオンの姿はなかった。


誰も、ネオンの死に気づかなかった。数多くいた傭兵のひとりが、いなくなっただけのこと。名を尋ねられることもなく、弔われることもなく。骸は、戦場の片隅に、他の名もなき戦死者たちと同じように静かに横たわっていた。姉の犠牲も、託された夢も、その手で立てた功も——すべて、そのまま闇の中へ沈んでいった。


——影は、闇に死すべし。


里の掟は、こんな形でも律儀に果たされた。故郷を失い、名を捨て、姉の願いにさえ届かなかった娘の生涯は、誰の記憶にも残らないまま静かに幕を閉じた。


戦の喧騒が、遠く遠く退いていく。倒れ伏したその懐には、ずっとしまわれたままの、小さな紙包みがあった。色褪せた押し花が一枚、誰に見つかることもなく、ひっそりとそこに眠っていた。里の窪地で、幼い姉妹が幾つもの季節をかけて集めた宝物のうちの、たった一枚。それだけが、ネオンという娘がたしかにこの世に在ったことの、ささやかな証だった。


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本作はBug&Lavi Projectという創作群の一環として制作しています。 詳しくはこちら→Bug&Lavi Project公式サイト 関連する楽曲なども公開しております。
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