断章
夜だった。
小さな明かりの下で、彼女は机に向かっていた。
もう、ずいぶん長いあいだ、こうしている。肩が凝って、目の奥が、じんと熱い。それでも、手を止める気にはなれなかった。
机の上には、彼女がずっと心をかけてきた、ひとりの「子」がいた。
長い時間をかけて、すこしずつ、かたちにしてきた。何度もやり直して、迷って、夜ふかしして、それでも、ちっとも苦じゃなかった。だって、この子のことを思っていると、胸の奥が、あたたかくなるのだ。
「……もうすぐだよ」
彼女は、その子に、そっと声をかけた。
もうすぐ、完成する。あと、ほんのもう少し。
そうしたら——会わせてあげよう。ずっと、この子のことを心待ちにしてくれている人たちがいる。まだ会ったこともないのに、早く会いたいと、言ってくれている人たちが。きっと、みんな、この子を好きになる。そう思うと、彼女は、たまらなく嬉しかった。
その日のことを、彼女は、何度も思い描いた。
この子が、たくさんの人に囲まれて、笑いかけられて、愛されて。そういう光景を、当たり前のものとして、信じていた。だって、こんなに大事に育ててきたのだ。うまくいかないわけがない。
彼女は、もう一度、ぐっと伸びをした。
窓の外は、静かだった。いつもの夜。いつもの街。明かりが、ぽつぽつと灯って、遠くで、かすかに車の音がする。世界は、どこも、いつもどおりだった。
明日もきっと、ふつうの一日が来る。
そして、その次の日も、その次の日も。少しずつ、この子は仕上がっていって、いつか、みんなのところへ、旅立っていく。
彼女は、それを、ひとつも疑っていなかった。
「……あと、ちょっと。がんばろうね」
ふふ、と笑って、彼女は、また手を動かしはじめた。
小さな明かりが、机の上を、やさしく照らしていた。
その夜は、どこにでもある、しあわせな夜だった。




