↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ばぐらび! from Bug&Lavi Project  作者: るーと


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
55/91

44_提案

手合わせの熱が、すっかり引いたあと。


メゾン・ド・ラヴィの居間は、いつものやわらかな灯りに包まれていた。ラヴィのヒールで、カトレアの擦り傷も、ネオンの打ち身も、もう癒えている。ミューだけは、まだ興奮さめやらぬ様子で、さっきの手合わせの真似をしては、ネオンに小突かれていた。


ラヴィは、丸テーブルの椅子にほっと腰を下ろした。自分の体にも、ようやくヒールをかけて。——けれど、ピアの問いだけは、まだ胸の奥に、しこりのように残っている。


いま、もし。儂が、お主を喰らい尽くしたら。


考えても、答えは出なかった。


ふと、視線を感じて顔を上げる。


居間のすみ。出窓のふちに、パッチが、ぽつんと腰かけていた。手合わせのあいだも、そのあとも。ずっと、輪のなかには入ってこない。膝を抱えて、みんなのことを遠くから眺めている。


その口が、ちいさく動いていた。


「……ステータスが、ずれてる。参照先も、空のままだ」


ぶつぶつと、ラヴィには意味のとれない言葉をつぶやいている。なにかの呪文のような、聞いたことのない響き。


「パッチ?」ラヴィが呼ぶ。


びくり、と、パッチの肩がはねた。——しまった、という顔。


「……なんでもない」


ふい、と目をそらす。けれど、その指は、膝の上で、落ち着きなく、にぎられたり、ひらかれたりしていた。


——思えば。


ラヴィは、ふと思った。この子が来てから——といっても、外の世界では、まだいくらも経っていないのだけれど。ラヴィが内側にいるあいだ、外の刻はほとんど進まない。それでも、こうして内側でともに過ごした時間は、もうずいぶんになる。なのに、パッチは、いつもこうして、すこし離れたところにいる。


無理もないのかもしれない。崩壊の最前線で、消えかけていたこの子を、ラヴィが助けようとした、あのとき。パッチは、最後まで、その手を拒んだ。触るな、と。——その姿を、ネオンもピアも、見ている。きちんと挨拶をする機会もないまま。ずるずると、今に至っている。


ネオンや、ピアや、カトレアとは、わけが違うのだ。あの三人は、もともとラヴィの内側で目を覚ました者たち。気づけば、ここにいた。同じ場所から始まった、という言葉にしない安心が、三人のあいだにはある。——パッチには、それがない。


「ねえ、パッチ」


そこへ、ぴょこんとミューが近づいていった。猫耳を、ぴんと立てて。臆する様子もなく。


「パッチも、ラヴィに助けてもらったんだよね? ——死んじゃう、ってところを」


パッチが、警戒するようにミューを見る。


「あたしも、おんなじなんだ」ミューは、にっこり笑った。「あたしね。外で、もう消えちゃう、ってときに。ラヴィが、たべて——ううん、内側に入れてくれたの。だから、いま、ここにいる。——だからね。パッチも、あたしと、いっしょ」


パッチは、なにも言わなかった。けれど、その目が、すこしだけ揺れたように見えた。


「……いっしょ、じゃ、ないよ」


ぼそり、とパッチが言う。けれど、その声は、さっきまでより、わずかにやわらかかった。


それから、意を決したように。パッチは、顔を上げた。


「ねえ、君。——ラヴィ。さっきから、気になってたんだ。ひとつ、聞いていい?」


ラヴィがうなずく。


パッチは、すうっと目を細めて。ラヴィの、その奥を覗きこむように見た。


「君は、おかしいよ。——君の"なか"と、君自身が。ちゃんと、繋がってない」


「……どういう、こと?」


「うまく、言えないけど」パッチは、言葉を選んだ。ラヴィに伝わるように。「君のなかには、たくさんの人がいるよね。その人たちのことも。君が抱えてる、いろんなことも。——ほんとうは、もっとずっと深く、わかるはずなんだ。手に取るみたいに。でも、その線が、どこかで切れてる。だから、君は——自分のことを、なにも知らないままでいる」


ラヴィの、息が止まった。


——自分のことを、なにも知らない。


それは。この長い旅の、ずっといちばん奥でラヴィが抱えつづけてきた、痛みそのものだった。


「直せるよ。僕なら。……たぶん」


「——待て」


低い声が、割って入った。ピアだ。いつのまにか書物を閉じて、こちらをじっと見ている。深紅の瞳に、鋭い光。


「お前さん。ラヴィに、何をするつもりじゃ」


場の空気が、ぴん、と張りつめる。


「……信用できるのか」ネオンも、腕を組んでパッチを見据えた。「こいつの、言うことが」


カトレアは、なにも言わない。ただ、考えこむように口を引き結んでいる。


ラヴィは。こわごわと、パッチにたずねた。


「直すって……それ」


声が、震える。


「みんなが——わたしのなかの、みんなが。消えちゃう、ってこと?」


それが、ラヴィの、いちばんの恐怖だった。せっかく出会えた。せっかく、いっしょにいられる。この、あたたかい場所。みんな。もし消えてしまうなら——直すなんて、いらない。


「消えない」


パッチは、はっきりと言った。


「——もし、この奇跡みたいな君たちが消えてしまうようなら。僕は、そもそも、こんな提案はしないよ。僕がするのは、ただ、繋がってない君自身を、繋げるだけ。なかにいる人は、誰も、いなくならない。それは、約束する」


それでも、まだ、みんなの目には警戒が残っていた。パッチは、それを見まわして。——ふっと、力なく笑った。


「そんなに、構えなくていいよ」


膝を抱えたまま。淡々と。


「僕と、君たちは。——根本的に、成り立ちが違うんだ。僕には、君たちみたいな戦う力もない。なんにも、ない。だから」


その虹色の瞳が、まっすぐピアを見た。


「もし、僕が、なにか悪さをしたと思ったら。——そのときは、そうだな。……殺して。それで、終わりだ。僕は、死にたくないから。何も、悪さはしないよ」


しん、と。居間が、静まりかえった。


死にたくないから。——その言葉を、ラヴィは知っている。目を覚ましたとき。この子が、いちばん最初にこぼした、たったひとつの本音。諦めきっていた子が、ふと漏らした言葉。


それを、いま。この子は、自分の命を賭けるみたいにして、差し出している。


ラヴィは、どう答えればいいのか、わからなかった。


直してほしい。——いや。そんな言葉では、足りない。


自分が、何者なのか。どこから来て、なぜ、ここにいるのか。それを知ることは、この旅のはじめからの——ラヴィの、すべてだった。喉から手が出るほど、ずっと欲しかった答え。それが、いま。目の前のこの子の手で、得られるかもしれないという。


本来なら、迷う理由なんて、ひとつもない。すぐにでも頭を下げて、お願いしているはずだった。


——でも。ピアの言葉が、胸でこだまする。疑うことも、覚えておくがよい。


頭から信じてしまうのは、きっと、いけない。——でも。頭から疑って、突き放すのも。それは、ちがう気がした。この子は、いま、死にたくない、と言った。その本音に、嘘はないと思う。


考えれば、考えるほど。答えは、もつれてほどけなくなる。


「……ごめん」


ラヴィは、ちいさく言った。


「すぐには、決められない。——もう少し、考えても、いい?」


パッチは、ふっと、肩の力を抜いた。


「いいよ、別に」いつもの、醒めた調子で。「急ぐ話でも、ないし。……気が向いたら、で」


そう言って、また膝を抱えなおす。なんでもない、というふうに。けれど——ほんの一瞬、その横顔に、安堵とも寂しさともつかない、淡い色がよぎった気がした。


その日。一行は、これからのことを話しあった。


崩壊は、待ってくれない。世界は、刻一刻とこわれていく。そして——ラヴィの心は、もう決まっていた。


あの、もう一人のわたし。その正体を、知らなければ。自分が何者なのかを、知るために。


「……行こう」


ラヴィは、顔を上げた。


「もう一度。あの、もう一人のわたしの、ところへ」


修復のことは、まだ、決められないまま。胸の奥に、ちいさな問いを、ひとつ、抱えて。


ふと、出窓のほうへ目をやると、パッチと目が合った。パッチは、ふい、とそっぽを向く。——けれど、その場を、立ち去りはしなかった。


その、ちぐはぐな距離を、どう縮めればいいのか。ラヴィには、まだわからない。


——でも。わからないことは、これから、ひとつずつ。知っていけばいい。この子のことも。自分のことも。そして、あの、もう一人のわたしのことも。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
本作はBug&Lavi Projectという創作群の一環として制作しています。 詳しくはこちら→Bug&Lavi Project公式サイト 関連する楽曲なども公開しております。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。