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ばぐらび! from Bug&Lavi Project  作者: るーと


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25/91

19_起床

それから、どれくらいの時が流れただろう。


内なる世界には、外の刻のような目盛りがない。ただ、薄明かりだけが変わらずに満ちている。そのなかで、ラヴィは、寝台のかたわらに膝を抱えて、ずっとミューを見守っていた。


ちいさな胸が、すうすうと規則正しく上下している。眠るその顔は、おだやかで。もう、あの危うい明滅は、どこにもない。けれど——いつ目を覚ますのか、それとも、このままずっと眠りつづけてしまうのか。それが分からないぶん、ラヴィはそばを離れられずにいた。


「そう、根を詰めるな」


胸の奥——いや、いまは、すぐ隣から。ピアの声がした。腕を組み、壁にもたれて、ピアは気だるげに立っている。


「猫娘は、もう、峠を越えた。あとは、ゆるりと目を覚ますだけじゃ。——もっとも、いつ起きるかは、本人次第じゃがな」


「……うん」


「儂は、すこし引っこんでおる。なに、用があれば、いつでも呼べ」


そう言って、ピアの姿が、ふっと薄れる。気を利かせたのか、ただ気まぐれなのか。——たぶん、その両方だろう、とラヴィは思った。この人は、いつも、肝心なところで、そっと場をあけてくれる。


残されたのは、ラヴィと、ネオン。そして、眠るミュー。


ネオンは、何も言わず、すこし離れたところに立っていた。けれど、立ち去ろうとはしない。その無言の付き添いが、ラヴィには、なんだか心強かった。


「……起きる、かな」


「起きるさ」ネオンは、ぼそりと言った。「あれだけ、騒がしいやつだ。いつまでも、おとなしくしているわけが、ないだろう」


その、ぶっきらぼうな言い方が。かえって、ミューの無事を信じているように聞こえて。ラヴィは、ちいさく笑った。


——と。


そのときだった。


ミューのまつげが、ふるりと震えた。


ラヴィの息が、止まる。


ゆっくりと。ほんとうに、ゆっくりと。ミューのまぶたが、持ちあがっていく。とろんとした、寝起きの瞳。それが、宙をさまよって——やがて、ラヴィの顔で、ぴたりと止まった。


焦点が、合う。


「……ら、ヴィ……?」


掠れた、ちいさな声。


「ミュー」


ラヴィの声が、震えた。「ミュー……っ」


その瞬間、ミューの瞳に、みるみる光が戻った。とろんとしていた表情が、くしゃりと崩れる。


「ラヴィ……っ! ラヴィ、ラヴィ……っ!」


がばっと、跳ね起きて。ミューは、まっすぐラヴィの胸に飛びこんできた。ちいさな両腕で、ぎゅうっとしがみつく。


「ラヴィ……っ! あたし……あたし……っ!」


「うん。うん……っ」


ラヴィも、その小さな体を力いっぱい抱きしめ返した。あたたかい。たしかに、ここにいる。ふわふわの髪も、ぱたぱた動く猫耳も。——ぜんぶ、ちゃんと、ここにある。


涙が、こらえきれずにあふれた。あのとき。腕の中で、消えそうに揺れていた、ちいさな光。二度と、戻らないかと思った、あの温もりが。いま、こうして、わんわん泣きながら、しがみついてくれている。


「よかった……っ。ほんとうに、よかった……っ」


「ラヴィぃ……っ。あたし、こわかったぁ……っ!」


ふたりして、ひとしきり、抱き合ったまま泣いた。ネオンは、そっぽを向いて、何も言わずにいてくれた。


やがて。


涙も、すこし落ち着いたころ。ミューは、ぐすぐすと鼻をすすりながら、きょろきょろとあたりを見回しはじめた。


「……ねえ、ラヴィ。ここ……どこ? なんだか、ぼうっと、明るくて。あったかくて……ヘンな、場所」


「ここはね」ラヴィは、ミューの頭を、そっとなでた。「わたしの……内側、なの」


「うちがわ……?」


「うん。ミュー、あのとき……すごく、危なくて。このままじゃ、消えちゃう、ってところで。——わたしの中に、入ってもらったの。そうしないと、助けられなかったから」


ラヴィは、おそるおそる、ミューの顔を見た。こんな形にしてしまった。勝手に、わたしの中に取り込んでしまった。——怒るだろうか。こわがる、だろうか。


けれど。


ミューの反応は、ラヴィの予想とは、まるで違っていた。


「えっ……それって」ミューの目が、まんまるに見開かれて。それから——ぱあっと輝いた。「それって、あたし……ずうっと、ラヴィの中にいられるってこと!?」


「えっ……あ、う、うん。たぶん、そう……だけど」


「やったぁ……っ!」


ミューは、両手をあげて、ぴょんと跳ねた。


「すごい、すごい! じゃあ、あたし、もう、ラヴィと離れなくていいんだ! はぐれることも、迷子になることも、ない! ずうっと、ずうっと、いっしょ!」


「ミュー……」


ラヴィは、ぽかんとミューを見た。——こわがるどころか。後ろめたく思っていた、こちらが、拍子抜けするくらい。ミューは、ただ、まっすぐにそれを喜んでいた。


「だって、あたし、決めたんだもん。ラヴィのそばを、ぜったい離れないって。——なら、ラヴィの中なんて、いちばんの、特等席じゃん!」


えへん、と胸を張る、その顔の、屈託のなさ。


ラヴィの胸の、奥のほうで。後ろめたさが、ふっとほどけていく。代わりに、じんわりとあたたかいものがこみあげた。——ああ。この子は。いつだって、こんなふうに。わたしの、いちばん暗いところに、ためらいなく光を差しこんでくる。


「……ふふ。そっか。特等席、か」


「そうだよ!」


ミューは、得意げに笑って——それから、ふと、何かに気づいたように、きょとんとした。


その視線の先に、ネオンがいた。


「……あれ?」


ミューは、目をぱちぱちさせた。


「ねえ、ラヴィ。そこの……黒いの。だれ?」


「黒いの、って」


ラヴィが、苦笑する。「ネオンだよ。ほら、いつも、わたしの中にいる——」


「ネオン……?」ミューは、首をかしげて。それから、はっと目を見開いた。「ま、まさか……っ! あんた、ラヴィが、ときどき、誰もいないほうを向いて、ひとりでぶつぶつ喋ってた——あの、見えない相手!?」


「悪かったな。見えない相手で」


ネオンが、半眼で言った。


「——っ!? し、しゃべった……!」


ミューが、文字どおり、飛びあがった。


「こ、声が、聞こえる……! ラヴィ、ラヴィ! 黒いのの声が、あたしにも、聞こえるよ!?」


「うん」ラヴィは、笑った。「ここは、わたしの内側だからね。ここでなら、ミューにも、ネオンの声が、ちゃんと届くし……ネオンの姿も、見えるんだよ」


これまで、ミューにはネオンの声は聞こえなかった。姿も、見えなかった。ラヴィがひとり、宙に向かって話しているのを、ふしぎそうに眺めているばかりだった。——それが、いま。はじめて。ふたりは、まっすぐ向かい合っている。


ミューは、まじまじとネオンを見上げた。それから、つかつかと歩み寄って——ぐるりと、その周りを一周した。値踏みするみたいに。


「ふうん……。こいつが、ねえ」


「……なんだ。じろじろと」


「べっつにー。——思ってたより、ひょろい、なって」


「……は?」


「だってさ。ラヴィを、いつも偉そうに、あれこれ言うから。どんなやつかと思ったら。ただの、ひょろっとした、地味な——」


「お前に、地味と言われる筋合いはない。——この、ちんちくりんが」


ぴしゃり、と。ネオンが、言い放った。


一瞬。


しん、と、間があいて。


「……っ、ちん……!?」ミューの顔が、みるみる赤くなった。「ちんちくりんって、言うなぁ——っ!」


「ちんちくりんを、ちんちくりんと言って、何が悪い」


「あたしは、ちんちくりんじゃない! まだ、伸びる途中なの! 失礼すぎる! ラヴィ、ラヴィ、聞いた!? こいつ、こんなこと言うんだよ!?」


「あ、あはは……」


ラヴィは、おろおろと苦笑するしかない。けれど——その騒がしさが。喧嘩腰の、その掛け合いが。なんだか、ひどくなつかしくて。胸が、あたたかかった。ああ、いつもの、ふたりだ。ちゃんと、戻ってきた。


「やれやれ。にぎやかな所帯になったものじゃな」


ふっと、ピアの姿が、また薄明かりのなかに浮かんだ。ケラケラと、楽しげに笑っている。


「ひゃっ……!?」ミューが、また跳びあがった。「な、なに、この人……っ! いつの間に……っ! ラヴィ、ラヴィ、こんどは、知らない人がいる……!」


「あ、えっと、この人はね。ピア。ミューを……助けるのに、力を貸してくれた人なの」


「……助けて、くれた?」


ミューは、ぱちくりとまばたきして。それから、ピアの周りも、警戒しながらぐるりと回った。さっきと、おなじように。けれど、今度は、興味のほうがすこし勝っているみたいだった。


「ふうん……。きれいな、人。——でも、なんか、あやしい」


「ほう。猫娘め、なかなか、見る目があるではないか」ピアは、面白がるように目を細めた。「あやしい、か。——まあ、当たらずとも、遠からず、じゃな」


「えっ、あやしいの!?」


ミューが、ぱっとラヴィの背中に隠れる。それでいて、ピアのことが気になるのか、ラヴィの肩越しに、ちらちらと様子をうかがっている。その仕草が、よほど面白いのか、ピアは声をあげて楽しげに笑った。


ラヴィは、止めなかった。ピアの、からかうような笑みも。ミューの、ぷりぷりした警戒顔も。——どちらにも、棘はない。むしろ、こうして、誰かと誰かが、賑やかにじゃれ合っているのを眺めているのが、ラヴィは好きだった。


そうして。


気づけば、ラヴィの内側に、三人。——ネオンと、ミューと、ピアと。それに、ラヴィを入れれば、四人。


ちいさな部屋のなかで、誰がどこにいるだの、ミューがネオンに食ってかかるだの、ピアがそれを肴に笑うだの。にぎやかな声が、薄明かりの空間に、ぽんぽんと跳ねている。


——ほんの、すこし前まで。


ラヴィは、ひとりきりだった。崩れかけた世界で、目を覚まして。自分が誰かも分からないまま、ただ、あてもなくさまよっていた。隣には、誰もいなかった。呼びかけても、返してくれる声は、どこにもなかった。


それが、いまは。


こんなにも、にぎやかで。あたたかい。


ラヴィは、その光景を、しばらくただ見つめていた。喧嘩する声も、笑う声も。ぜんぶ、わたしの内側で鳴っている。——ひとりじゃ、ない。もう、どこにもひとりじゃ、ないんだ。


その思いが、胸に、じんと染みた。


もちろん。分かっている。これで、何もかも終わったわけじゃない。強くならなければ。あの、もう一人のわたしのことも、知らなければならない。やるべきことは、まだ山ほどある。


——でも。


いまは、すこしだけ。この、あたたかさのなかに、いさせてほしい。


「ラヴィー! 聞いてよぉ! こいつ、また、あたしのこと——」


「ラヴィ。猫を、少し黙らせてくれないか」


「だれが、猫よ! あたしには、ミューって、名前があるの!」


「……ふふ」


ラヴィは、笑った。ほんとうに、心から。


——こんなにも、自分が笑えるなんて。


ちいさな部屋に、みんなの声が、いつまでも、あたたかく響いていた。


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本作はBug&Lavi Projectという創作群の一環として制作しています。 詳しくはこちら→Bug&Lavi Project公式サイト 関連する楽曲なども公開しております。
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