18_内省
痛みが、すっかり引いて。
ラヴィは、ふう、と長い息を吐いた。崩れた路地に、夜気がしんと満ちている。あれほど荒れ狂っていた気配は、もうどこにもない。ただ、瓦礫の影が静かに横たわっているだけだった。
「さて」胸の奥で、ピアの声がした。「外の始末は、ひとまずついたな。——なあ、ラヴィ。お前、自分から内を覗けるように、なったのじゃろう。なら、こちらへ降りてくることも、できるはずじゃ。これからのこと、皆で話したいじゃろう?」
うん。ラヴィはこくりと頷いて、そっと目を閉じた。
息をひとつ。胸の奥へ、奥へと意識を沈めていく。——もう、ピアに導かれなくても。自分からそこへ降りていく感覚が、なんとなく分かるようになっていた。
ふっと、足の裏の感触が変わる。
まぶたを開けると、そこはあのネオンの部屋だった。
いつだったか、ネオンのためにと、ラヴィが作ったささやかな部屋。床があって、窓があって、寝台がある。果てのない薄明かりの空間の、そのただなかに、ぽつんと灯りのように浮かんでいる。外の冷たさも、瓦礫の匂いも、ここにはない。ただ、静かであたたかな気配だけが満ちていた。
その寝台の上に。
ミューがいた。ちいさな体をまるめて、すうすうと、おだやかな寝息を立てている。あの危うい明滅は、もうすっかり止まっていた。ただ、すこやかに眠っている。——よかった。その姿を見るだけで、ラヴィの胸が、またじんとあたたかくなる。
そして、その傍らに。
ネオンが立っていた。
いつもの黒い装束。すらりとした立ち姿で、眠るミューを静かに見下ろしている。
その姿を見て——ラヴィは、あっ、と声をあげそうになった。
そうだ。ネオン。ネオンの、分身。
あの、めちゃくちゃだった戦いの最中。もう一人のわたしの追撃が迫ったとき、ネオンはラヴィの内側から自分の分身を外へ送り出して、その黒い影でラヴィを庇ってくれた。——なのに、わたし。あのあとミューのことで頭がいっぱいで、ネオンをあの冷たい路地に出しっぱなしにしたまま。ひとことも礼を言わずに、自分だけ内側へ戻ってきてしまっていた。
「ネ、ネオン……っ!」
ラヴィは、ぱたぱたと駆け寄った。
「ご、ごめんね……っ! わたし、ネオンの分身、ずうっと外に出しっぱなしにしちゃってて……っ! い、痛くなかった? ヘンな感じ……しなかった……?」
おろおろと、ネオンの周りを見て回る。どこもおかしくなっていないか、確かめるみたいに。——我ながら、いつもこうだ。いちばん肝心なところで、ぼんやりして、すっぽり抜け落ちている。
ネオンは、きょとんと目をまるくして。それから、ふ、と息をついた。
「……べつに。なんともない。分身は、出しっぱなしでも勝手に戻る」
「ほんと……? よかった……っ」
ラヴィは、ほっと胸をなでおろした。それから、改めてネオンを見上げる。
「……ねえ、ネオン。あのね。……ありがとう。あのとき、出てきて庇ってくれて。ネオンがいなかったら、わたし、ミューを抱えたまま、どうにもなってなかった」
言いながら、胸の奥がじんとあたたかくなった。あのとき、ネオンだって必死だったはずだ。自分の力をぎりぎりまで振りしぼって、ラヴィを助けようとして。——その懸命さに、いまになって、ようやく思い至る。
ネオンは、しばらく黙っていた。
それから、ふいと目をそらした。
「……礼を言われるようなこと、してない」
ぶっきらぼうな声。けれど、その耳の先が、ほんのり赤い。
「ラヴィが無茶ばっかりするからだろ。ほっとけるわけ、ないだろ。……勝手に、体が動いただけだ」
照れ隠しの棘。でも、その奥に、隠しきれないやわらかなものがにじんでいた。ネオンはラヴィの気遣いを突っぱねるふりをして——そのじつ、まんざらでもなさそうだった。むしろ、その耳の赤さは、どこかうれしそうですらある。
「……ふふ」
ラヴィの口元が、ふっとゆるんだ。ネオンの、こういうところ。素直じゃないけれど、根はとてもやさしい。それが、なんだか、たまらなくありがたかった。
「……わ、笑うな」ネオンは、ますますばつが悪そうに顔をしかめて、ぷいとそっぽを向いた。「……っていうか。そんなことより、だ」
ネオンの目が、すっと鋭くなる。その視線の先には——部屋の片隅に、ゆったりと佇むひとりの女。
ピアだった。
「——で。こいつは、何者なんだ」
ネオンが、ラヴィを横目で見る。声に、あからさまな警戒が混じっていた。
「さっきから、やたら偉そうにしてるけど。いつの間に、ラヴィの中に、こんなのが。……信用、できるのか」
「これはこれは」
ピアが、面白がるように肩をすくめた。それから、つかつかとラヴィの背後に回りこむと、その両の肩に、ぽん、と手を置く。ラヴィは、いきなり肩に手を置かれて、きょとんと目を白黒させた。
「ずいぶんなご挨拶じゃな、忍の娘」ピアは、ラヴィの肩越しに、イタズラっぽくネオンへ笑いかけた。「——まあ、無理もない。得体の知れぬ女が突然現れて、お前の大事な大事なラヴィを誑かしておるのじゃからな」
「……質問に、答えろ」
「ピア、という。見てのとおりの吸血鬼じゃ」
ピアは、悪びれもせず、すらりと言った。
「血を吸う化け物、と言えば分かりやすかろう。さっき、その猫娘を消える寸前ですくいあげた。あれは、この儂の能力じゃ。——まあ、実際にやったのはラヴィじゃがな」
ネオンの眉が、ぴくりと動いた。ミューが消えずにここにいる。その事実だけは、否定のしようがなかった。
「……ミューを、助けた。お前が」
「実際に行動したのはラヴィじゃ。儂はただ、力を貸したまで」
ネオンは、しばらくピアを睨むように見ていた。何か言いたげに。けれど最後には、ふっと肩の力を抜いた。
「……まったく。わけが、わからないな」
「ネオン」ラヴィが、あいだに入る。「えっと……うまく説明できないんだけど。ピアは、ほんとうにミューを助けてくれたの。わたしも最初は信じられなかった。でも……この人の言うことは、たぶん、嘘じゃない」
ネオンは、ラヴィの顔をじっと見た。ラヴィがそう言うなら。——その目が、しぶしぶ、そう告げていた。
「……ラヴィがそう言うなら、いまは信じる。けど」ネオンは、ぴしゃりと釘を刺すように、ピアを見た。「妙な真似したら、ただじゃおかないからな」
「ほう。頼もしいことじゃ」
ピアは、ケラケラと声をあげて笑った。別段、気を悪くした風もない。むしろ、ネオンのその警戒を、好ましく思っているような笑い方だった。
ともあれ。
そうして、ようやく。ラヴィと、ネオンと、ピア。そして、眠るミュー。——このちいさな部屋に、はじめて、みんなが揃った。
不思議な心地だった。ついさっきまで、なにもかもがこわれて、ばらばらになってしまうかと思った。なのに、いまは。こうして自分の内側に、心を許せる者たちが、ぽつぽつと集まっている。それが、なんだか、とても得がたいものに思えた。
「さて」
ピアが、ふと調子を改めた。
「顔合わせも済んだことじゃ。——そろそろ本題に入ろうか。分からぬことが、山ほどあるじゃろう。ひとつずつ整理していこうではないか」
ラヴィは、こくりと頷いた。——そう。知りたいことは、たくさんある。
「まず……訊いていい?」ラヴィは、おそるおそる口を開いた。「みんな……自分のこと、どこまで覚えてるの。わたしは……ほとんど何も。気がついたら、あの崩れかけた世界にいて。自分が誰なのかも、わからなくて」
「……私も、似たようなものだ」
ネオンが、ぽつりと言った。その声に、ふいに影が差す。
「断片的にしか。自分が何だったのか。何をしてたのか。——思い出そうとすると、頭の奥が、靄がかかったみたいになる」
ネオンは、そこで言葉を切った。何か、その先に続きがあるような。けれど、それを口にするのを、ためらうような。——ラヴィは、それ以上訊かなかった。話したくないことなら、無理に訊きだそうとは思わなかったから。
「ふたりとも、か」ピアが、ふむ、と顎に手をやった。
「ピアは?」ラヴィが見上げる。「ピアは……覚えてるの。自分のこと」
「儂か。儂はな——」ピアは、軽く目を細めた。「記憶なら、ひとつ残らずある。なにひとつ欠けてはおらん。——もっとも。なぜこの儂が、お前の内側になどおるのか。それだけは儂にも、とんと分からんがな」
「ぜんぶ……っ」
ラヴィは、思わず目を見開いた。ぜんぶ覚えている。——記憶のほとんどない自分には、それがどんなにすごいことか、眩しいくらいに分かった。
「じゃあ、ピアはいろんなこと、知ってるんだね。自分のことも、この世界のことも——」
「まあ、それなりにはな」
ピアは、しかし、それ以上は語ろうとしなかった。自分がどこから来たのか。これまで何を見てきたのか。——その肝心なところを、ふわりとはぐらかす。
ラヴィは、不思議に思った。ぜんぶ覚えているなら、いくらでも話せるはずなのに。なのにピアは、必要なことしか口にしない。まるで、語るべき時を、じっと見定めているように。
——みんな、欠けている。わたしも、ネオンも。記憶のいちばん大事なところが、ぽっかりと抜け落ちている。
——でも。ピアだけは、ちがう。
その欠けのなさが、かえってラヴィの胸に、小さな引っかかりを残した。けれど、いまはそれを問いただす時ではないのだろう。ラヴィは、その思いをそっと胸の奥にしまった。
「……ねえ、ピア」
代わりに、ラヴィは、いちばん知りたかったことを口にした。
「さっきの……あの、もう一人の、わたし」
声が、わずかに震える。
「あれは……何なの。どうして、わたしとおなじ顔をしてたの。どうして、わたしたちを……あんなふうに」
思い出すだけで。あの紫の光。圧倒的な力。なすすべもなく吹き飛ばされた感覚。背すじが、つめたくなる。
ネオンの表情も、険しくなった。
「……私も、あれは気になっていた。あんなデタラメな力。それに、あの顔。——どう見ても、ラヴィと瓜二つだった」
ふたりの視線が、自然とピアに集まる。
ピアは、しばらく黙っていた。その深紅の瞳の奥に、何か——たしかに、思い当たる色がよぎったのを、ラヴィは見逃さなかった。ピアは、何か感づいている。あれが何なのか。少なくとも、わたしたちよりずっと多くを。
「……ピア。何か、知ってるんだね。あれが、何なのか」
「……鋭いな」
ピアは、ふっと目を伏せた。
「心当たりが、ないわけではない」ピアは、静かに言った。はぐらかすでもなく、はっきりと、そう認める。「——じゃが。まだ、確証がない。生半可なことを言うて、お前をいたずらに惑わせとうない。だから、いまは言わぬ。——確かなことが言えるようになったら。そのときは必ず、ぜんぶ話す。約束しよう」
いまは、教えてもらえない。それは分かった。けれど、その言い方には、ただはぐらかしているのとはちがう、何か——こちらを慮るような慎重さがあった。確かでないことで惑わせたくない。たしかにピアは、そう言った。だからラヴィは、それ以上食い下がることができなかった。いつか、ピアがちゃんと話してくれる。そのときを待とう、と思った。
ただ、胸の奥に、もやもやとした不安だけが残る。
あれは何なのか。なぜ、わたしとおなじ顔を。——その問いは、答えのないまま、ラヴィの中にぽつんと取り残された。
そして、その問いは。
すぐに、べつの苦い思いへと形を変えた。
——わたしは。何も、できなかった。
ラヴィは、俯いた。
あの、もう一人の自分が現れたとき。ラヴィは、ただ立ちすくむことしかできなかった。光の波動が襲ってきたときも。ミューを庇うのが精いっぱいで、それすら守りきれずに。あの子は、致命傷を負った。
そして、最後には。——ミューを、食べるしか。
「……ねえ」
ラヴィの声が、ちいさく掠れた。
「わたし……結局、何もできなかった。ミューを守れなかった。それどころか……あの子を助けるのに。……ほかに、選択肢がなくなってた」
ぎゅっと、両手を握りしめる。
「もっと強かったら。ちゃんと戦えたら。ミューに、あんな痛い思いをさせずにすんだのかもしれない。あんな……あんな形で、ミューを取り込まずにすんだのかもしれない。なのに、わたし、弱くて。あの子を守ることも、できなくて」
ぽたり、と。涙がひとつ落ちた。
ネオンが、何か言いかけて——口をつぐんだ。かける言葉を探して、見つけられずにいるようだった。
そのときだった。
「ラヴィ」
ピアの声が、しずかに響いた。先ほどまでの飄々とした雰囲気とは、ちがう。低く、まっすぐな声だった。
「ひとつ、思いちがいをしておるな」
「……思い、ちがい?」
「お前は、自分には何もできなかった。——そう思うておるな。じゃが——それは、ちがう」
ピアは、ゆっくりとラヴィのほうへ歩み寄った。
「よいか。ふつうの者にはな、死にゆく者を引き留める術など、ありはせん。消えるものは、消える。それを、ただ見送ることしかできん。——だが、お前はちがった」
深紅の瞳が、まっすぐにラヴィを見た。
「お前は、あの猫娘を自分の内側に住まわせた。消えゆく命を留め、いまもこうして生かしておる。——これは、恥じるようなことでは、ないぞ、ラヴィ。お前は、あの子のすべてを抱きとめたのじゃ。誰にもできぬやり方で、な」
「……でも。それは、ピアの力で」
「きっかけは、な。じゃが——器は、お前じゃ。ほかの誰でもない。ほかの者を内に抱え、その内側で生かしておく。そんな力を持つ者を、儂はお前のほかに知らん」
ピアは、そこで、ふっと口元をゆるめた。
「それを、弱さと呼ぶな。——それは、お前にしかない強さじゃ。いまは、まだ咲ききっておらんだけでな」
——お前にしか、ない、強さ。
その言葉が、ラヴィの胸の、いちばん冷えていたところに、じんわりと、あたたかく染みこんでいく。
「いまのお前は、ただ流されるままに、よく分かってもおらぬ力を、使うておるだけじゃ。じゃが——いずれ、お前が自分の意志で。望むときに、望むように、その力をふるえるようになったなら」ピアは、静かに言った。「そのときは。お前はきっと、守りたいものを、その手で守れる。——流されるのでは、なくな」
自分の、意志で。望むときに。
ラヴィの胸に、ちいさな、けれどたしかな灯がともった。いまは、まだ何もできない。けれど。——変われるかもしれない。この力を、ちゃんと自分のものにできたなら。
「……うん」
ラヴィは、涙をぐいとぬぐった。
「ありがとう、ピア。わたし……まだ、よく分からないけど。でも……諦めたくない。強くなりたい。ミューを、ネオンを。——大切な人を、ちゃんと守れるように」
ピアは、満足げに頷いた。
そこで、ふと、ラヴィは思った。——そういえば。
「……ねえ、ピア」おずおずと口を開く。「ピアは、どうして……こんなに、わたしによくしてくれるの? 会ったばかりなのに。ミューのことも助けてくれて、力も貸してくれて。……ピアには、なんの得もないのに」
それは、ずっと、心の隅に引っかかっていたことだった。この人はなぜ、見ず知らずのわたしのために、ここまでしてくれるのだろう。
ネオンも、警戒を解かないまま、ピアを見やる。「……それは、私も訊きたい」
ピアは、ふむ、とひとつ息をついた。それから、ほんの少し、照れたように目をそらす。
「……なに。たいした理由は、ない」肩をすくめる。「儂はな。——お前があの虫の子と出会うた、あのころから。ずっと、この内側でお前を見ておった」
「えっ……そんな前から?」
「ああ。最初は、ただ眺めておるだけのつもりでな。手も口も、出すまいと。——そう、決めておった」
なぜ、と訊こうとして。ラヴィは、口をつぐんだ。ピアの横顔に、ふと、寂しげな影がよぎった気がしたから。
「じゃが……まあ、なんじゃ」ピアは、決まりわるそうに頬をかいた。「見ておるうちに。——お前という娘に、いつの間にやら、情が移ってしもうてな」
「情が……」
「あの、もう一人のお前が放った光を。お前が、その身で猫娘を庇うた、あのとき。——気づいたら、儂はつい、お前に力を貸しておった」ピアは、ぽつりと言った。「身を挺して前に出たお前のほうこそ、いちばん深手を負うて、当然じゃった。なのに——倒れる寸前まで傷ついたのは、猫娘のほうでな。お前は、こうして残った。——あれは、儂がとっさに、お前を庇うたからじゃ」
ラヴィは、はっと息を呑んだ。そうだ。あのとき、わたしは、ミューを庇って、まともにあの一撃を浴びた。庇ったわたしより、庇われたミューのほうが、ずっと深く傷ついていた。——どうして、と思う間もなかったけれど。あれは、ピアが。
「いちど手を出してしもうたら、もう知らぬ顔はできん。——のりかかった舟、というやつじゃな」ピアは、ふっと笑った。今度は、いつもの飄々とした笑みだった。「いちど関わると決めたなら、最後まで面倒を見る。それが、儂の流儀じゃ。——それだけのことよ」
口では、たいしたことではない、というふうに。けれど、その言葉のひとつひとつに、ラヴィは、たしかなあたたかさを感じた。何と言おうと——この人は、行動でちゃんと示してくれている。
「……ありがとう、ピア」
ラヴィが、そう言うと。ピアは、ひらりと手を振って、軽くそっぽを向いた。
「礼など、いらん。儂は、好きにしておるだけじゃ。——気に病むな」
口ぶりは、どこまでも素っ気ない。けれど、その素っ気なさが、かえって、この人らしいのかもしれない。ラヴィは、ふふ、とちいさく笑った。
ラヴィは、眠るミューに目を落とした。ちいさな体が、すうすうと、規則正しく上下している。——この子を、守る。もう二度と、あんな痛い思いをさせない。そのためには。
そのためには——強くならなければ。そして。
ふと、ラヴィの脳裏に、あの姿がよぎった。
自分とおなじ顔をした、もう一人の、わたし。
ぞくり、と。背すじがこわばる。——あれは、こわい。あんなに、一方的に蹂躙された。思い出すだけで、足がすくむ。できることなら、二度と会いたくない。目を背けて、逃げてしまいたい。
——でも。
ラヴィは、ぎゅっと唇を噛んだ。
逃げては、いられない。だって。あれは、わたしとおなじ顔をしていた。あんなものが、なぜいるのか。なぜ、わたしとおなじなのか。——それを知ることは、きっと、わたしが何者なのかを知ることに、つながっている。
ラヴィが、ずっと知りたかったこと。自分は、誰なのか。どこから来たのか。なぜ、ここにいるのか。——その答えのいちばん近くに、あの、もう一人のわたしがいる気がした。
こわい。けれど。
それでも——知らなければ、ならない。
「……ねえ、ピア。ネオン」
ラヴィは、顔を上げた。その目には、もう、さっきまでの、ただおびえるだけの色はなかった。
「わたし、あの、もう一人のわたしのこと。——ちゃんと、知らないといけない気がする」
声は、まだ、すこし震えていた。それでもラヴィは、はっきりと言った。
「あれが何なのか。どうして、わたしとおなじ顔なのか。——逃げてちゃ、きっと、いつまでもわたしは、わたしのことを分からないままだから」
ネオンが、ラヴィをじっと見た。それから、やれやれ、というふうに、ふっと息をついた。
「……まあ、ラヴィなら、そう言うと思ったよ」肩をすくめる。「言い出したら、聞かないんだろ。——仕方ない。付き合ってやる」
ぶっきらぼうな声。けれど、その奥に、突き放さない、たしかな寄り添いがあった。
ピアは、何も言わなかった。ただ、その深紅の瞳の奥で。何か——遠く、複雑なものが、静かに揺れていた。
ちいさな部屋に、ミューの、おだやかな寝息だけが、しずかに響いていた。




