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ばぐらび! from Bug&Lavi Project  作者: るーと


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09_光のほうへ

ネオンとはじめて言葉を交わした、あの明るくひらけた場所。そこを発って、半日ほどが過ぎていた。


陽はだんだんと傾き、崩れた街並みに長い影を落としはじめている。ラヴィの足は、いつのまにかすこし軽くなっていた。かたわらにはふわふわと羽音を立てるピキピキ。胸の奥にはぶっきらぼうな、けれど確かなネオンの気配。ひとりじゃない。ただそれだけのことが、見慣れたはずの崩れた景色さえ、ほんのすこしちがって見せた。


道中、いちど、分かれ道があった。


右は、まだ陽の差すひらけた道。左は、傾いだ建物の影に呑まれた、暗く狭い道だった。右の道の先には、苔むした石段がゆるやかに続き、その向こうに、夕陽を照り返す塔の影がのぞいている。——ラヴィがなんとなく、その明るいほうへ足を向けかけたときだった。


ピキピキが、ついと、左の道のほうへ進みでた。


「……こっち?」


ピキピキは、こくりと頷くように宙で揺れた。いつになくまっすぐな仕草だった。捻れた回廊で、ラヴィに見えない道を読んでみせたのも、この子だ。その小さな勘を、ラヴィは信じることにした。


「わかった。じゃあ、こっちだね」


左の、暗いほうの道へ踏みこむ。


道は、進むほどに細くなっていった。両側からせり出した建物が頭の上で軒を突き合わせ、空はいつしか細い灰色の帯になっている。石畳は割れて傾き、ところどころに割れた瓦や錆びた金具が散らばっていた。足を運ぶたび、その破片がかしゃ、と乾いた音を立てる。陽の光はもうほとんど届かない。あたりは、夕暮れより一段ふかい、青い影に沈んでいた。


やがて、路地はいっそう込み入ってきた。


崩れかけた家々が、たがいに肩を寄せ合うように、ぎっしりと建ち並んでいる。屋根は、ありあわせの板や布をつぎはぎした、雨をしのぐだけの粗末なもの。窓は小さく奥まっていて、まるで何かから身を隠すようだった。空気はひんやりと湿り、足音が石壁にこもって、やけに近くで響く。


ラヴィは歩きながら、ここで暮らした人たちの跡を、ひとつずつ目にしていった。


崩れた柱の一本に、低いところから、いくつもの横線が刻まれている。子どもの背丈をしるしていったのだろう。その柱のかげには、釘か石の先で彫りつけたような、たどたどしい線が四つ。きょうだいの数でも刻んだのだろうか。すり減って、まんなかの窪んだ敷居。壁の奥には、ぽっかりと空っぽの小さな棚。固く閉ざされた扉の内側には、閂をかけた跡が、何重にも残っていた。


こんな場所にも、たしかに誰かが暮らしていた。


身を寄せ合い、すきま風をしのいで。何かに怯え、戸を固く閉ざして。それでも、子の背が伸びるのを、こうして柱に刻んで喜んだ人がいたのだ。その手触りが、薄暗い影の奥から、そっと立ちのぼってくるようだった。


ふと、路地の奥に、あの漂う光が、いくつも瞬いているのが見えた。


ラヴィは手を伸ばし、そのひとつに触れる。


《このエリア、雰囲気あるよなー。スラム街っぽくて》《わかる。盗賊ギルドのクエスト、ここから始まるやつ》《住んでる連中、訳ありっぽいの多くて好き》


声が流れ込んでくる。いつもの、知らない言葉まじりのやりとり。意味は半分もわからない。けれど、この場所のことを話している、ということだけはなんとなく伝わってきた。


別の光に触れる。


《ここのキャラ、盗みでしか生きられなかった子のやつ、泣けるんだよな》《好きで盗んでたわけじゃ、ないんだよ》《家族のためだったって聞くと、なあ……》


ちがう光、また、ちがう光。触れるたび、声たちはこの場所のことを語っていた。貧しくて、食べるものにも困って。だから人のものに手を出すしかなかった者たちが、身を寄せ合っていた場所。その輪郭が、会話の端々からすこしずつ結ばれていく。


賑やかな祭りの記憶とは、まるで違った。ここに積もっているのは、もっと切実で影のある、けれど、たしかに人の生きた温度だった。


ラヴィの胸が、しんと痛む。もう、どこにもいない人たちのこと。それなのに放っておけない気がして、胸の奥が勝手にきゅっと縮んだ。


胸の奥で、ネオンが、ぽつりと言った。


「……ここは、あんまり、豊かな土地じゃ、なかったみたいだな」


その声には、ただの感想とはちがう、どこか遠くを見るような響きがあった。


「……それにしても。どうして、あいつは、こんなところに来たがったんだ?」


ラヴィにも、それは不思議だった。明るい道もあったのに、ピキピキはわざわざ、この暗い横丁を選んだ。まるで何かに呼ばれてでもいるみたいに——。


——と。


ラヴィは、ピキピキの様子がおかしいことに気づいた。


いつもなら、名前を呼べばすぐに振り返り、得意げに宙を回ってみせるのに。今のピキピキは、ラヴィの声なんてまるで聞こえていないみたいだった。誰もいない路地の奥へ、ふらふらと、何かに引き寄せられるように進んでいく。


「ピキピキ……?」


ラヴィは、あわてて追いかけた。


路地は、奥へ行くほど迷路のように入り組んでいた。右へ折れ、左へ折れ、いくつもの角を曲がる。両側の壁はますます迫り、肩が触れそうなほど狭まっていく。崩れた瓦礫を乗り越え、傾いだ梁を身をかがめてくぐり、ラヴィは見失わないよう必死にあとを追った。ピキピキの淡い光だけが、薄暗がりのなかで、ぽう、と先をゆく道しるべだった。


ピキピキは、この土地に漂う光のひとつひとつに、強く吸い寄せられていた。気まぐれにひとつ、ふたつ取り込む、いつもの様子とはまるで違う。一心に、つぎつぎと、光を体の中へ取り込んでいく。


——そのときだった。


ピキピキが光を取り込むたび、その小さな体から、何かがラヴィのほうへこぼれ伝わってきた。


——突き刺すような、ひもじさ。


ラヴィは思わず足を止めた。お腹の底が、ぎゅうっと縮むような、痛いほどの空腹。自分のものではない。なのに、生々しく伝わってくる。


——とっさに、何かをかばう小さな手。

——なけなしのパンを、自分の口には入れず、そっと誰かの手に押しつける。

——暗がりで息をひそめ、小さな背中をいくつも、自分のうしろへ隠す。

——ぜったいに、この子たちだけは。そう噛みしめる、痛いくらいの想い。


つぎの光、また、つぎの光。ピキピキが取り込むたび、知らない誰かの暮らしの断片が、つよく漏れ伝わってくる。それがピキピキのものなのか、この土地に染みついた誰かのものなのか、ラヴィにはわからなかった。


ただ——その「誰かを守ろうとする激しさ」にだけは、なぜだか、ラヴィの胸にも覚えがあった。


さっき、崩れる石の下でピキピキに覆いかぶさったときの、あの気持ち。自分のことなんてすっかり頭から抜け落ちて、ただ、この子だけは、と思ったあの瞬間と。どこか、よく似ていた。


何かとても大事なことが、いま、この子の身に起きている。その予感だけが、ラヴィの胸をいっぱいに満たした。


胸の奥で、ネオンが息をのむのがわかった。


「……なんだ、これは」


ネオンにも、見当がつかないらしい。その声には、いつもの強がりはなく、ただ戸惑いだけがにじんでいた。


ピキピキは、路地のいちばん奥で、ようやく止まった。


行き止まりだった。三方を、崩れかけた高い壁に囲まれた袋小路。陽のかけらも届かない、いちばん深い影だまり。打ち捨てられた木箱や割れた壺が、隅に積み重なっている。——その吹き溜まりのような場所に、ひときわ強い光が、ひとつ、漂っていた。


ピキピキが近づくと、その光は、応えるように、いっそう強く、深く脈打ちはじめた。まるで、ずっとこの子が来るのを、待っていたみたいに。


ピキピキが、その光を取り込んだ。


その瞬間。


ピキピキの輪郭が、荒れ狂った。


ばちばちと、火花が散るように、像がぶれ、ざらつき、二重三重にずれ、また弾ける。傷ついたときの、あの弱々しい明滅とは桁が違った。何かがあふれ、ふくれあがって——小さな虫だったかたちが、ぐん、と押し広げられていく。引き伸ばされ、組み変わって。


ラヴィは、息をのんだ。


何が起きているのか、わからない。ピキピキは、だいじょうぶなんだろうか。胸の奥に、ちりっと、心配が走る。——けれど、苦しんでいる、というのとは、ちがう気がした。ピキピキ自身が、まっすぐに、これを望んでいる。それが、ありありと伝わってくるのだ。


それに——荒れ狂うその光は、こわいくらいに、きれいだった。


ラヴィは、心配と、それを上回る不思議さとで、その光景から目を離せずにいた。


乱れに乱れた、その光の奥に。


ちいさな、人のかたちが。


ちらつきながら、すこしずつ組み上がっていくのが——見えた。


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本作はBug&Lavi Projectという創作群の一環として制作しています。 詳しくはこちら→Bug&Lavi Project公式サイト 関連する楽曲なども公開しております。
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