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悪夢


少女が、その背丈に合わぬ長剣を両手で掴み、草原に座している子供へと、手渡した。


「お前、名前は?」


「…アモル」


それが、最初の出会いであった。

ただの、農家の息子を、土地持ちの騎士へと取り立ててくれた、主への恩を、返さねばならない。


まだ、世界の在り方すら決まっていなかったのに…その悪魔は、アモルに、唯一の生き方を、教えたのだ。

もう、逃げられないのだろう。


____


「…将軍、将軍ッ」


いつの間にか、寝ていた。周りには、重傷の側近達が横たわっている。

アモルの目が、暗くなる。

どんどん、虚ろになる。

ついに、光を失った。


(間違っていなかった筈だ…)


「あぁ、グレイ……親衛隊にまで、敵は…肉薄したのか…」


「はっ、ガンダフ、ララアム、ダルセムが戦死、将軍の親衛隊は…殆ど、壊滅状態です」


「…敵への損害は?」


「我らは十列ほど敵陣を突破し、更に退却中、賊将の一人を討ち取りました」


「恐らく、二千程は、損害が出ているかと」


「はっ…二万のうち、二千…か」


目の前が、急に暗くなった。今日のような好機は、希望のような吹雪は、もう、二度と訪れまい。

出陣した三百の騎士は、孤城に戻った頃には、四十程に減っており、名のある、アモル麾下の将も、複数討ち取られている。


「…老将軍に、報告せねばな」


「将軍は休んでいて下さい、私が行きます」


アモルは、ふらつく体で、それを押しやりつつ


「良い、俺が行く」


「行かねば、ならん」


頭を、白布で抑えつつ、立ち上がる。たちまち、布は赤く染まる。が、彼は気にせず、石階段へと足を伸ばした。


「寒いなぁ」


今度は、心の底から、寒気がした。吐き気も、する。


「ガンダフ……ララアム…ダルセム……あぁ、死んだのか」


側近達の名を呼ぶ。

頭が、クラクラとする。

長年…五年もの歳月を、彼らと共に過ごした。

戦士にとっての五年は…若将軍にとっての、その五年間は、何にも代えられぬ、かけがえの無い時間だったろう。


「お前達、死んだのか?」


ふと、呼んでみる。

夢を見てたんだろう。そう、誰かに、言ってほしかった。

目の前が、悪夢で満ちてゆく。

現実が、重くなってゆく。


「俺は、孤城の王だ」


ポタポタ…血が、続いている。

白布は、どんどん赤く染まる。

まだ、吹雪は晴れていない。


痛みが目立ってゆく。日光が見えてきた。

休みたい。もう、横になって、休みたい。


(だが…もう、退かぬ)


しかし、もう、後には退けない。生ぬるい決意などではない。最早、自分の死を以てしてしか、彼らに報いる術は、無いだろう。


重い足取りで、大広間の扉を、ギギギ…と開いた。

広間には、出陣前と変わらぬ様子で、老将軍が長剣を研ぎつつ、座っていた。

髭を蓄え、筋肉は衰え、魔力も、数年前と比べ、明らかに減っている。

だが、目だけは、変わらず煌々と輝いている。


「老…将軍、あの、男は?」


もう一人の同僚の、眼鏡をかけた守護将が居ない。


「"きゃつ"は息子と側近を連れて、逃げたわい」


老将軍は、それだけ言った。

それだけで、アモルは、全てを理解した。


(誰も、希望など、持っておらんのか)


誰も、ゼナ・ドールを信用していない。

援軍など、来るわけが無いと、そう諦めている。


「賢いヤツよのぅ」


「……老将軍」


「そうだろう、儂も、若ければ、そうしていたろうな」


「"ココ"に残る者など、死に場所を求める馬鹿か、狂人さ」


そう、老人は、しわがれた声で言った。

アモルは、ひゅっ、と短く呼吸をする。


「老将軍…先の交戦の報告ですが…」


「よい、よい、敵の数が殆ど変わっとらん事は、城壁から、よぅ見えとったわ」


吹雪が、石窓を抜けて、アモルの頰を撫でた。

気分が、悪い。

ふと、怒りが湧いた。その怒りは、北王アルバ・ドールに向けた怒りでもあり、勝手に死んだ、部下達への怒りであり、何より、無能な、自分自身への怒りであった。


「…老将軍、私は……私は!」


「誰が逃げようが、裏切ろうが、関係ないッ」


「ゼナ様は、我らを救援しに、来て下さる、必ず、孤城を奪還し、賊を再び南方に追い……この地を平定されるのだッ!」


叫んだ。

それに、老将軍は、何かを勘付いたのだろう。


「……まさか、お主…ただ、この孤城を、敵に渡したくないのか?」


「死にたくないのか?」


声を荒げたセイもあるのだろうか、少し、アモルは肩を震わせる。


「あぁ、ここには、ゼナ様との思い出がある…まだ、生きて、孤城で、お嬢様に会いたい…」


「…」


「どうされた、老将軍…?」


「そうか、お前は、律儀者だのう」


「……」


老人は、腰を痛そうにさすりつつ、石椅子に座り直す。彼がアモルと共に出陣しなかったのは、その持病もあるのだろう。


「ゼナ・ドールの配下にしては、律儀じゃ」


同僚の、守護将が、アモルの出陣に紛れて、孤城から逃げ出した事を掘り返しつつ、言った。

彼も、一応、ゼナ・ドールの参謀の一人であった。

王国の官僚試験を、僅か十二にして突破しており、彼女の参謀の中でも、頭一つ抜けて優秀であった。


「…"アレ"も、姫様の配下では、なかったのか?」


「そう…ですね、お嬢様ゼナ・ドールの配下は、不忠義者ばかりですから」


そう、アモルが呟くと、老人は笑いつつ


「だろうな、あのお人は、他者を、物で釣ることを好んだからのう」


「名を与え、剣を与え、身分を与え…配下を増やす」


「利に聡い者は、有能だが、薄情なものよ」


アモルは、何も言い返せない。自分自身、まったくの平民の身分から、剣を与えられ、騎士にまで取り立てられている。

今思えば、きっと、その潜在的な魔力量を見込んでの、登用だったのだろう。


「しかし、老将軍、私は違う」


「ゼナ様は、確かに人を物で釣り、父王に似られ、急な判断をされる時がある」


「それでも、私はあの人に、恩を返さねばならない」


「…利用されていると、知った上でか?」


「はい、ゼナ様は、我らを助けに、この城に来て下さる」


「ただ、その時を待つしか、無いのです」


「…それしか、ゼナ様の恩に報いる術が、無いのです」


____ゼナ・ドールは、王家らしい、透き通った黒肌に、北方の民らしくない白眉と白髮の、不思議な魅力を持った、女性であった。

背が高く、龍のような、しなやかさを感じる。

常に、王家の象徴たる、冷気を発する光輪を被っており…目は、人形の様に、虚ろでいて、暗い。


「初めて見た時から、震えが止まらなかった」


それは、恐怖の感情であった。

まるで、獲物を見つけ、どう殺そうか、思案しているような、あの目。


きっと、彼女に人は、付いて来ないだろう。

皆が恐れ、彼女自身も又、他者に心を開かない。


「しかし、老将軍、私だけでも、あの方を信じなければ」


「剣を授かった日から、私は、ゼナ・ドールの、騎士なのですから」


____


(貴女の騎士として、孤城を守り通しましょう)


北の要塞にて、ゼナ・ドールは指揮を執っていた。

深々と玉座に座りつつ、タンタンっ、と床を踏み鳴らしつつ、時々舌打ちをし、側近衆を睨みつける。


「…アモルは、まだ孤城にいるのか?」


頬杖をつきつつ、ゼナ・ドールは、目を細め、煩わしそうに言った。

白髮を掻き上げ、もう一度、舌打ちをする。


「…あの、馬鹿者が、あんなボロ城、捨て置けば良いものを」


「馬鹿…正直者めがッ」


彼女の言葉に、孤城の状況報告をするために、血路を開きつつ、その包囲を抜けてきたであろう伝令は、どもり、恐れつつ続ける。


「み、南の孤城には、いまだ、三千の将兵が取り残されており、アモル将軍は、その統率にあたっていたと__」


「わかっている」


「…」


「馬鹿な男だ、たかが三千の命の為に、死ぬとは」


「……南の孤城の救援には、行かれぬのですか?」


ゼナ・ドールの側近が、たまりかねて言った。


「行かぬ」


「我らは、今、中央平原に散らしている部隊を掻き集めても、六千程にしかならぬ」


「グンニバルと殺り合うには、足らんわ」


「……アモルめ、どこまでも、私に迷惑をかける」


王女は、剣の柄を、コンコンと叩きつつ


「…お前は、私の手足ペットだろう……主人の腕を、無くさせる気か」


顔を歪ませる。


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