発狂
__本格的な籠城が始まってから、アモルの側近衆である、副官のグレイがおかしくなり始めた。
いつもは、生意気な口をきいてくるのに、近頃は、アモルに対し、妙に従順である。
というより、怯えている。
「心配するな、グレイ、援軍は来るさ」
「そうですよね…将軍、もう、城から出ては、なりませんよ?」
「…ふむ?」
「……あぁ、もう、城からは出ぬさ、兵も残って居らんしな」
(グレイ…何を、怖がっている)
同僚が、皆死に絶え、不安なのだろう。
分かっている。分かっているが、アモルには、どうしょうもない。
「将軍…その、鎮痛薬は、まだ余っていますか?」
更に、痛み止めを服薬し始めた。
飲まねば、幻覚や、幻聴に悩まされるのだと。
鎮痛薬自体が、水に、アモルの『催眠』の魔法を掛けるだけで、簡単に作れる為、止められぬのだろう。
「ああ、あるよ」
「では、ください、お願いです」
グレイの、その黒色の瞳が、深くなり、目から光が失われてゆく。
「…なぁ、グレイ」
「人間、何かに依存したら、終わりだぞ?」
忠告するが、グレイは聞かない。
「早く、早く、渡して…お願いです」
アモルは、グレイの肩に手を置きつつ
「もう、止めよう、グレイ…お願いだ、鎮痛薬から離れてくれ」
「……将軍」
何が、嬉しかったのだろうか、アモルの言葉に、グレイは微笑むと、幼子のようにアモルに抱き着いた。
(不安なのだろう…俺も、不安だ)
ガンダフを…部下達を失ってから、全てが狂ってしまった。
(いや…違う、南方の抑えとして、俺は、お嬢様から、託されたんだ)
狂ってなどいない。全て、順調である。
彼らの死は、運命だったのだろう。誰にも、変えようのなかった、運命に違い無い。
____籠城から既に、二カ月が過ぎている。
援軍は来ず、吹雪も、雪も、全てが過ぎ去った。
「アモル将軍、たった今、魔力探知で、生物が、生き物が、周辺に居ます!」
「そうか、グレイ、ありがとう」
鎮痛薬を止められ、グレイはおかしくなったのだろう。
毎日、毎日部屋に籠り、必死に魔法探知を学び、その成果をアモルに報告しては、嬉々として去ってゆく。
「えへへ、将軍、ゼナ様の到着まで、あと少しですね!」
「そうか、そうか…」
言葉遣いも、幼くなっている。
「……すまぬな、グレイ」
アモルは、主、ゼナ・ドールの様な暗い目で、配下を見下ろした。
何度も髪を撫で、頰を撫で、胸を撫で……
(あぁ、俺は、屑だな)
ベッドの上で眠りつつ、思う。
「結局…お前も、殺すのか」
隣で丸くなっている、グレイを撫でた。
元々、彼女に名は無い。
幼き頃のグレイは盗賊の一団であり、その頭領であった兄の、庇護下にあった。
「俺が、この子の生きる道を、絶ったんだ」
言いつつ、後悔した。
任務の為、仕方無かったとは言え、グレイの兄を死闘の末に殴殺し、彼女の家族を皆殺した。
____「ゼナ様、生き残った、この娘だけでも、お助け下さい」
幸い、グレイはゼナ・ドールに気に入られ、アモルの副官を務めるにまでなっている。
「なぜお前は……俺を、ゼナ様を、恨まない」
「何故なんだ…我ら主従は、他者を利で釣り、私腹を肥やしたいが為に、善く国を治めていたハズのグンニバル将軍を糾弾し、その民を虐殺した」
「何故」
また、グレイの頰を撫で、その透き通ったような青髪に鼻を押し当て、匂いを嗅ぐ。
戦場の匂いには、疲れたのだろう。
「……将軍、私は、あなたがたを、許してはおりませんよ」
「敵は、敵」
ふと、グレイは目を開き
「それでも、恩は感じているのです」
「本来なら、貧しき人々を殺し、金品を奪っていたような、盗賊の一族は、滅ぼされるべきだった」
「……それこそ、なんで私を生かしたんですか?」
眠そうになりつつ、アモルを、受け入れている。
「なんで…だろうなぁ」
答えは、分からない。
きっと、ゼナ・ドールに訊ねても、意味は無いだろう。
「運命に、決まってる」
最後の最後に、グレイは、そう、涙を流しつつ、言った。
近頃は、毎日毎夜、一緒に寝ている。
きっと、不安なのだろう。




