出陣
石階段を下り切り、ギギギ…と、重い、木製の扉を開くと、そこには既に、アモルの側近衆、更に、孤城の守将達が居並んでいた。
そして、地下の広間にまで、征南将軍、アモルを挑発する賊達の唄は、響いている。
故に、将達は、皆、暗い表情をしている。
「遅いぞ、如何された、アモル将軍」
側近の一人、アモルの剣。猛将、ガンダフが困ったように足を鳴らしている。
アモルが齢十八にして、この孤城を任された時からの副官の一人であり、熊のような大男である。
同僚達、アモルの側近衆からも、『大熊殿』と呼ばれ、愛されていた。
「呼び出しておいて、済まなかった、少々、兵の整頓に手間取ってな」
そして、アモルは咳払いをすると
「今、吹雪が激しい……早朝なれど、夜より暗く、そして光が淡くなる」
「この機に乗じて、精鋭のみで、孤城の正面より包囲を突破し、敵陣をかき乱した後に、再突撃を敢行したいと思う」
男は、再び、咳き込みつつ言った。
夜襲による、敵の同士討ちの様なモノが、目的なのだろう。ただ、通常の夜襲と違うのが、殆ど視界が無い点である。味方同士でさえも、連携が取れない可能性がある。故に、少数精鋭で行くのだろうか。
「かき乱すと申されても、敵味方の位置が把握出来ぬ」
同僚の、眼鏡を掛けた男が、嫌味たらしく、口を開く。彼も、守護将軍である。
その為、立場自体はアモルと同等であった。
「位置の把握は、兵士の皆の背中に、松明を差させる」
「敵としては、急な襲撃も有るだろうが、縦横無尽に巡る火を見て、突撃兵の数を多く見積もり、更に混乱するに違い無い」
「…どうだ、皆」
最後に、アモルは問いかける。
彼としては、吹雪が止むまでに、さっさと出陣したい。正直、彼らと話し合うまでもなく、城を発ちたいのだ。
「アモル将軍、君は、陛下の御意思を分かっていない」
すると、一人の老人が、錆びた銀甲冑を鳴らしつつ、口を開いた。
彼もまた、アモルの同僚の、将軍である。
「我らの役目は、王都の防備が固まるまで、この南の孤城において、敵軍の足止めをすること」
「城を枕に死んでこそ、陛下の御意思に沿えると言うものよ」
老将の言葉に、アモルはそっぽを向きつつ
「御意思、御意思と申されるが……そんな、籠城など、血の冷えた老人のすること」
「…なんだと?」
「我ら王国騎士兵、賊ごときを恐れ、籠もったとあれば、名折れ」
「老将軍には、"引き続き"孤城の守備をお願いしたい」
その言い方に、老将は癪に障ったのだろう。返事もせず、そっぽを向く。
甲冑も、脱ぎ始めた。
「では、アモル将軍、貴方の軍勢だけで、行けば良いではないか」
「我らも、城中の警備があるので」
もう一方の守護将も、側近を引き連れ、足早に広間から出てゆく。
顎髭を整えつつ、ニヤけつつ、言って来やがった。
(ちっ、小心者めが)
アモルは、苦虫を噛み潰したような顔になり、老将に、形だけの礼をすると、その場を後にする。
(まったく…老将軍より、あの男のほうが、苦手だ)
一応、二人はアモルの与力として、王から与えられたものの、仲は、良くない。
故に、仕方なく、アモルは麾下の八百の内、精鋭のみの、三百騎を率いて、吹雪に紛れつつ、城を出ることにした。
「ララアム、すぐに出るぞ、兵達に伝えておけッ」
やがて、アモル自身も舌打ちしつつ、広間から去った。中には、彼の側近衆だけが残る。
「まったく、将軍も、困ったお人だ」
先程指令を受けた、ララアムという女が、ため息を吐きつつ呟いた。
北国の、ダークエルフの末裔であり、アモルの配下一番の弓の使い手であった。
背も、ガンダフに次いで高い。
「焦って居られる、どうにか包囲を破ろうと、焦っている」
『アモルの側近衆』と、わざわざ呼び分けされる程に、彼らは皆、戦争経験が豊富で、かつ、指揮能力に優れていた。
ララアムも、以前の領内反乱の際に、アモルの兵、僅か二百を率いて、鎮圧に成功していた。
「お子ちゃまですからね、アモル将軍は」
また、側近衆の一人、グレイもニヤけつつ言った。
「…まぁ、だが、将軍の案自体は悪く無い、このまま吹雪が続けば、成功するやも知れぬ」
「さぁさ、皆の衆、それぞれ持ち場に急ごう」
ガンダフがフォローしつつ、同僚達に散るように命じた。
(この戦、負けたな)
だが、次々と指示を出しつつ、ガンダフは内心、アモルを哀れんだ。
歴戦の名将、戦斧のガンダフには、援軍の無い城の顛末が、よく分かる。
(どの城も、人々も、例外なく滅びる)
だが、主には伝えない。伝えない事が、男にとっての、正義であった。
「俺は、ただ、将軍に従えば良いのだ」
斧を背中に差し、鎧を整えつつ、そう、自分自身に言い聞かせた。
______
早朝、吹雪の中、アモルは出陣した。
出れば、当然、敵の包囲兵数百とぶつかったものの、彼らは突然の襲撃に驚き、蜘蛛の子を散らすように、武器を捨てつつ退却した。
「腰を低く、低く、声を出すな」
用意させた松明には、まだ火を灯さない。
先頭は、彼の配下の、猛将ガンダフに任せ、最後尾にグレイを配置し…ララアムと、アモル自身は中央に陣取りつつ、進軍する。
「低く、低く…」
吹雪は、続いている。
兵達は、皆前の者の肩に手をつき、雪を掻き分けつつ、進んでいる。かじかんでいるのだろう。
皆の鼻と、指先が、赤黒い。
……やがて、敵の先鋒と、百数メートル、という所まで、来た。
「将軍、将軍」
猛りつつ、ガンダフが、先頭集団から離れ、雪を巻き上げつつ、指示を仰ぎに来た。
「ガンダフ、先ずは先頭の五十騎のみ、背中に松明を差し、敵中を縦横無尽に駆けろ」
「敵将とかち合っても、たとえ、それがグンニバル将軍であっても、無視せよ」
「ただ、ひたすら、駆けよ」
「はっ」
ガンダフは、それ以上、何も聞かずに了承すると、さっさと先頭集団に戻り、配下に松明を用意させて行く。
彼らは皆、ガンダフが低い身分の頃から、戦場を共にした、精鋭中の、精鋭兵である。
「ガンダフ、俺も共に行こう」
すると、そんなガンダフに、背後から声が掛かる。
「ダルセム…どうしたんだ」
本来、ララアムと共に中軍で待機するはずの、アモルの側近衆が一人、黒剣のダルセムが、名乗り出てきた。
「いやさ、お前一人では、不安だ」
「何を、俺は天下にその名が響いた、戦上手のガンダフだぞ」
「お主の助けなど、不要だ 」
「その慢心だよ、それが不安なんだ」
「共に、行かせてくれ…アモル将軍の為にも」
その言葉に、ガンダフは渋々首を縦に振る。
__やがて、暗闇のなかに、幾十もの火が灯ったと思えば、ソレが、散らばり、高速で動きつつ、人雲の中へと、突入して行った。
皆、雄叫びを上げ、中には、器用にも、手綱を握りつつ、鐘や、太鼓を叩く者さえいる。
急な、祭りのような騒ぎに、敵は狼狽えた。
「流石は、ガンダフ、生粋の北方の民だ!」
アモルは、大きく口を開け、笑った。
北方の民族は、操馬技術の高さで、有名である。
「…所で将軍、ダルセムの姿が見えませんが」
ララアムが心配して言うと
「あぁ、あいつか…先程伝令が申しておったが、なんかガンダフを手伝いに行ったらしい……つまり、突撃兵に混じってんのかッ!」
「勝手に何やってんだ、あの馬鹿ッ」
まさかの、アモルに伝えず、勝手に前線に行っていた。とんでもない狂犬である。
「……まぁ、良いか、突撃隊は、順調な様だし」
小高い丘から見れば、彼らは、殆ど損耗することも無く、スルスルと敵陣を抜け、そして戻ってきた。
戻ってくるなり、再び陣形を整え、再突入の準備に取り掛かる。
「ガンダフ…何人死んだ」
「六人、そして負傷者が二人で御座います」
「ようやった」
また、敵陣をみれば、猛吹雪の中、わけもわからず、叫び、狂乱し、同士討ちを始めている。
「どうします、やはり、引き上げますか?」
「いや、今が好機」
言いつつ、アモルは馬に跨ると
「あの、グンニバルの将兵達だ、すぐに混乱は収まってしまう」
長剣を構え、魔法により、全身に炎を纏い、叫ぶ
「王国の騎士達よ、俺はここに居るぞ、構えい!」
その号令で、ザッ、と、後列含め、皆の足並みが揃う。
「…よし、よし、突撃だ!」
また、叫んだ。
叫べば、皆、すべてを忘れたかの様に、吠える。
炎と、王国の長剣は、騎士達の憧れであった。
その、象徴が、死を恐れずに、進んでいる。ならば、自分達も、行かねばなるまい。
____乱れる自軍と、遠くに見える、気高き炎を見つつ、賊将、火喰鳥は、悔しそうに地面を踏みにじった。
「はっはっは、流石はアモル、奴は生粋の、闘将よな!」
二メートルは超えているであろう、巨体を震わせつつ、火喰鳥は、グンニバルは、吠える。
ライバルの成長が、余程嬉しく、そして悔しかったのだろう。
悔しさのあまり、凍った地面を、バキッと踏み砕き、状況を伝えに来た伝令将校に、斬撃を浴びせた。幸い、直前で理性が働いたのか、刃は、将校の額を掠めただけだったが。
その将校は、「わわっ」と叫び、再び陣中へと戻る。
「…はぁ、少し、油断しておったわ」
まだ、三十手前の、若者である。失敗の、一つや二つ、するだろう。
そう、自分を納得させる。
「雛鳥北征将軍に伝えよ、兵士達を吠えさすな、とな」
「騒ぐ者あれば、斬り捨てよ」
「早う行け」
簡単に指示を出せば、また、伝令達は、散らばった。
__きっと、その突撃部隊が、二千程もあれば、アモルは、戦場にて、グンニバルと、再び相まみえ得ただろう。
思ったよりも早くに陣を整えられ、混乱は収まってしまった。
少数ゆえ、途中で勢いを失ったアモルの部隊は、撤退を余儀なくされた。
その撤退中に、ガンダフが死亡した。
魔法製の弩で、脳天を一突きだった。
呆気ない最期であった。
彼と共に前線の指揮にあたっていたダルセムも死に、中軍の指揮官であったララアムは、行方知れずである。
「希望は、ある」
叫び、兵を指揮しつつ、アモルは、狂ったように、そう呟く他、無かった。
叫ぶ中、どんどん、側近衆は討たれてゆく。
「お嬢様は、我らを助けに来て下さる」
とうとう、後軍のグレイに援護されつつ、退却中…鈍器で殴られたのだろうか、濁った意識の中、また、アモルは幼少の頃を思い出している。
__「貴様を、私の騎士に任ずる…せいぜい、努力せよ」
プツン…と、意識は途切れ、また、夢を見た。




