「迷い込んだキツネ」 第3話(夜)「遠回りが、その子の近づき方」
片付けをしながら——
ミナは——今日のことを——
思い返していた。
あのキツネのことが——
頭から——離れなかった。
朝——扉の前で——何度も——止まっていた。
入ってきた時も——壁沿いに——遠回りして——来た。
でも——昼には——少しだけ——真正面から——来られた。
その変化が——なんとなく——胸に——残っていた。
「先生」
ミナが——モップを——止めて——言った。
「はい」
「今日の——キツネのことなんですけど」
「はい」
「朝——扉の前で——何度も——止まってましたよね」
「そうですよ」
「入ってきた時も——遠回りして——来ましたよね」
「そうですよ」
「でも——ちゃんと——来ましたよね」
「来ましたよ」
先生が——カルテを——閉じながら——聞いた。
「何か——気づきましたか」
ミナが——少し——考えてから——言った。
「遠回りしても——来たことは——来たんですよね」
「そうですよ」
「真正面からじゃなくても——来たんですよね」
「そうですよ」
「それが——その子の——近づき方だったんですよね」
「そうですよ」
ミナが——窓の外を——見た。
「先生——キツネさん——何て——言ってましたか」
「遠回りが——自分の——近づき方だと——気づいたと——言っていました」
ミナが——止まった。
「遠回りが——近づき方——ですか」
「そうです」
「近づきたいのに——真正面から——行けなくて——恥ずかしかったんですよね」
「そうです」
「でも——遠回りしながらも——近づきたいという——気持ちは——本物だったんですよね」
「そうですよ」
ミナが——少し——俯いた。
「……分かる気がします」
「何がですか」
「私——最初——ここに——来た時——先生に——なかなか——話しかけられなかったんですよ」
「そうですか」
「動物の言葉が——聞こえないから——何か——言ったら——迷惑かなって——思って」
「はい」
「だから——なるべく——後ろの方で——作業してたんですよ」
「そうでしたね」
「でも——それが——遠回りでしたかね」
先生が——穏やかに——笑った。
「そうかもしれませんね」
「話しかけたかったのに——話しかけられなくて——後ろで——作業してた」
「でも——ちゃんと——ここに——いましたよね」
「いましたよ」
「それが——私の——近づき方でしたかね」
「そうかもしれませんよ」
ミナが——また——モップを——動かし始めた。
しばらく——静かだった。
「先生」
「はい」
「遠回りでも——近づこうとしていれば——いいですかね」
「いいですよ」
「真正面から——行けなくても——いいですかね」
「いいですよ」
「その子の——近づき方が——あるんですよね」
「ありますよ」
「キツネさんの——近づき方は——遠回りで」
「そうですよ」
「私の——近づき方は——後ろから——少しずつで」
「そうかもしれませんよ」
ミナが——小さく——笑った。
「どちらも——近づいていますよね」
「近づいていますよ」
「近づき方が——違うだけですよね」
「そうですよ」
ミナが——また——窓の外を——見た。
「先生——キツネさん——また——来ますかね」
「来ると——思いますよ」
「また——遠回りして——来ますかね」
「来るかもしれませんよ」
「でも——今日より——少しだけ——真正面に——近い——遠回りで——来ますかね」
先生が——穏やかに——笑った。
「そうかもしれませんよ」
「遠回りが——その子の——近づき方だから——ですかね」
「そうですよ」
「遠回りしながら——少しずつ——真正面に——近づいていくんですよね」
「そうですよ」
ミナが——また——小さく——笑った。
「私も——少しずつ——真正面に——近づいていきますね」
「いいですよ」
「遠回りしながら——ですけど」
「いいですよ」
「それが——私の——近づき方ですから」
先生が——静かに——笑った。
「そうですよ」
診察室の——電気を——消した。
今日も——終わった。
ミナは——扉を——閉めながら——思った。
遠回りしても——近づこうとしていれば——いい。
真正面から——行けなくても——いい。
その子の——近づき方が——ある。
私の——近づき方も——ある。
遠回りしながら——少しずつ——真正面に——近づいていく。
それで——いいんだ。
今日——キツネが——教えてくれた。
「おつかれさまでした」
「おつかれさまです」
二人の声が——夜の——駐車場に——響いた。
今日も——遠回りしながら——少しだけ——近づいた日だった。




