「一匹でいるのが好きなスノーレオパード」 第1話(朝)「寄ってこないんです」
「おはようございます!」
ミナの声が診察室に響いた。
「おはよう」
サクラギ先生はコーヒーを置きながら穏やかに返した。
今日の朝は少し静かだった。
扉が開いた。
中年の男性が入ってきた。
キャリーケースを持っていた。
中から出てきたのは大きな猫だった。
白くて灰色の模様が美しかった。
スノーレオパードだった。
「珍しいですね」
ミナが思わず言った。
「そうなんですよ」
男性が苦笑いした。
「体は大丈夫そうなんですけど」
「はい」
「なんか気になることがあって」
「どんなことですか」
男性が少し考えてから言った。
「この子——寄ってこないんですよ」
「寄ってこない——ですか」
「そうなんです——呼んでも来なくて」
「はい」
「なでようとすると——よけて」
「よけるんですか」
「そうなんです——嫌われてるのかなって」
スノーレオパードが診察台の上に乗った。
でも端の方だった。
先生から——遠い方だった。
「こんにちは」
先生が穏やかに言った。
スノーレオパードが先生を見た。
でも近づかなかった。
端の方に座ったまま見ていた。
「こちらに来ますか」
スノーレオパードが少し間を置いた。
「……今はここにいます」
「ここにいますか」
「……ここから見ていたいんです」
「見ていたい——ですか」
「……近づかなくても——ここにいていいですか」
先生が穏やかに言った。
「いていいですよ」
スノーレオパードが少し耳を動かした。
「……近づかないのは——嫌いだからじゃないですよ」
「そうですか」
「……一匹でいるのが好きなだけで」
「一匹でいるのが好き——ですか」
「……そうです——でも」
「でも——ですか」
「……寂しいと思われるのが嫌で」
先生が静かに聞いた。
「寂しいと思われるのが嫌——ですか」
「……一匹でいると——寂しそうって言われることがあって」
「そうですか」
「……寂しくないんですよ」
「寂しくないんですね」
「……一匹でいるのが好きなだけで」
「好きなだけで——寂しいわけじゃないんですね」
「……そうです」
ミナが先生に小声で聞いた。
「何て言ってるんですか」
「一匹でいるのが好きなだけで——寂しいわけじゃないと言っています」
ミナがスノーレオパードを見た。
端の方に座っていた。
でも診察室の中にいた。
遠くにいるけど——ちゃんといた。
「先生——端にいるけど——ちゃんといますよね」
「そうですよ」
「近づかないけど——いるんですよね」
「そうです」
「それで——いいんですよね」
「いいですよ」
ミナがスノーレオパードに向けて小さく言った。
「そこにいていいですよ」
言葉は届かないかもしれなかった。
でもなんとなくそう言いたかった。
スノーレオパードがミナを見た。
近づかなかった。
でも——見ていた。
それが返事のように見えた。




