「隙間で、まだ動けないデグー」 第3話(夜)「まだ動けないだけで、ちゃんとここにいる」
片付けをしながら——
ミナは——壁と棚の——隙間を——
何度も——見ていた。
デグーが——まだ——いた。
朝から——ずっと——いた。
動かなかった。
でも——ちゃんと——いた。
夕方——飼い主の——男性が——迎えに——来た。
「出てきましたか」
「……まだです」
「そうですか」
男性が——隙間を——覗いた。
「ただいま」
デグーが——少し——動いた。
「……おかえり」
「出てこられそうですか」
「……もう少し——だけ」
「いいよ——待ってるよ」
男性が——椅子に——座って——待ち始めた。
しばらくして——デグーが——隙間から——出てきた。
ゆっくりと——出てきた。
男性の——膝の上に——乗った。
「……出てこられました」
「出てこられましたね」
「……ありがとうございました」
先生が——穏やかに——笑った。
「また——動けない日が——来たら——来てください」
「……来ていいですか」
「いいですよ」
二人が——帰っていった。
診察室が——静かになった。
ミナが——壁と棚の——隙間を——見た。
もう——誰も——いなかった。
でも——なんとなく——まだ——誰かが——いる気がした。
「先生」
ミナが——モップを——止めて——言った。
「はい」
「デグーさん——帰りましたね」
「そうですね」
「一日中——隙間に——いましたよね」
「そうですよ」
「でも——なんか——ここに——残ってる気がして」
先生が——カルテを——閉じながら——聞いた。
「何が——残っていますか」
ミナが——少し——考えてから——言った。
「安心感——ですかね」
「安心感——ですか」
「動けなくても——ちゃんと——ここにいると——いう感じが——残ってて」
「そうですか」
「動かなかったのに——ちゃんと——いたんですよね——あの子」
「そうですよ」
ミナが——また——隙間を——見た。
「先生——デグーさん——何て——言ってましたか」
「動ける体なのに——動けない自分が——恥ずかしいと——言っていました」
ミナが——止まった。
「恥ずかしい——ですか」
「そうです」
「動ける体なのに——動けないから——恥ずかしいと——思っていたんですね」
「そうです」
「でも——先生は——何て——言ったんですか」
「動ける体と——動けない気持ちは——別だと——言いました」
ミナが——少し——俯いた。
「……分かる気がします」
「何がですか」
「私も——動けない日が——あるんですよ」
「そうですか」
「体は——大丈夫なのに——なんか——動けない日が——あって」
「はい」
「そういう日は——情けないと——思っていたんですけど」
「はい」
「動けない日も——必要なのかもしれないですね」
先生が——穏やかに——頷いた。
「そうかもしれませんよ」
「動けない日が——あるから——動ける日が——ありがたいですよね」
「そうですよ」
ミナが——また——モップを——動かし始めた。
しばらく——静かだった。
「先生」
「はい」
「デグーさんが——一日中——隙間に——いたのに——診察室の——空気が——変わらなかったんですよ」
「そうですね」
「動かなかったのに——ちゃんと——ここにいた気がして」
「そうですよ」
「まだ——動けないだけで——ちゃんと——ここにいるって——感じで」
先生が——静かに——言った。
「そうですよ」
「まだ——動けないだけで——ちゃんと——いるんですよ」
「動けないことと——いないことは——違いますよ」
ミナが——止まった。
「……動けないことと——いないことは——違う——ですか」
「そうですよ」
「まだ——動けないだけで——ちゃんと——いる——ですか」
「そうですよ」
ミナが——小さく——笑った。
「私も——動けない日は——まだ——動けないだけで——ちゃんと——いていいですかね」
「いていいですよ」
「動けなくても——ちゃんと——ここにいていいですかね」
「いていいですよ」
ミナが——また——隙間を——見た。
誰も——いなかった。
でも——安心感が——残っていた。
まだ——動けないだけで——ちゃんと——ここにいる。
その感覚が——診察室に——残っていた。
「先生——デグーさん——また——来ますかね」
「来ると——思いますよ」
「また——隙間に——入りますかね」
「入るかもしれませんよ」
「でも——今日——動けなくても——いいと——分かりましたかね」
「分かったと——思いますよ」
「次は——少しだけ——早く——出てこられるかもしれませんね」
先生が——穏やかに——笑った。
「そうかもしれませんよ」
「動けない日が——あっても——いいと——知っているから——ですかね」
「そうですよ」
ミナが——小さく——笑った。
診察室の——電気を——消した。
今日も——終わった。
壁と棚の——隙間が——暗かった。
でも——なんとなく——温かかった。
まだ——動けないだけで——ちゃんと——ここにいる。
その感覚が——まだ——残っていた。
「おつかれさまでした」
「おつかれさまです」
二人の声が——夜の——駐車場に——響いた。
今日も——動けなかった何かが——ちゃんと——ここにいた日だった。




