「迷い込んだキツネ」 第1話(朝)「入口で、何度も止まる」
「おはようございます!」
ミナの声が——診察室に——響いた。
「おはよう」
サクラギ先生は——コーヒーを——置きながら——穏やかに——返した。
今日の——朝は——少し——違った。
扉が——開く前から——気配がした。
でも——誰も——入ってこなかった。
ミナが——窓から——外を——覗いた。
扉の前に——何かが——いた。
キツネだった。
小さな——キツネだった。
扉の前に——立っていた。
でも——入ってこなかった。
少し——前に——出た。
でも——また——止まった。
また——前に——出た。
また——止まった。
「先生——キツネが——扉の前に——いますよ」
「そうですね」
「入ってこないんですよ」
「そうですね」
「どうしたんですかね」
先生が——扉を——少しだけ——開けた。
「こんにちは」
キツネが——飛び退いた。
でも——逃げなかった。
少し——離れた場所に——いた。
先生を——見ていた。
「入りますか」
キツネが——少し——前に——出た。
でも——また——止まった。
「……入りたいんですけど」
小さな——声だった。
「入っていいですよ」
「……でも——すぐ——入れなくて」
「ゆっくりで——いいですよ」
キツネが——また——少し——前に——出た。
扉の——前まで——来た。
でも——また——止まった。
「……もう少しだけ——待ってもらえますか」
「待っていますよ」
先生が——扉を——開けたまま——中に——戻った。
ミナが——小声で——聞いた。
「何て——言ってるんですか」
「入りたいけど——すぐ入れないと——言っています」
「入りたいのに——入れないんですね」
「そうです」
ミナが——また——窓から——覗いた。
キツネが——扉の前に——いた。
入ろうとして——止まっていた。
また——入ろうとして——止まっていた。
「先生——怖いんですかね」
「怖いのかもしれませんし——別の理由かもしれません」
「別の理由——ですか」
「もう少し——見てみましょう」
しばらくして——キツネが——扉から——入ってきた。
でも——真っすぐには——来なかった。
壁沿いに——ゆっくりと——歩いた。
遠回りして——診察台の——前に——来た。
「……来ました」
「来ましたね」
「……遠回りしてしまいました」
「いいですよ」
「……真っすぐ——来られなくて」
「いいですよ」
キツネが——先生を——見た。
「……近づきたかったんですけど」
「近づきたかったんですね」
「……真正面から——行くのが——恥ずかしくて」
先生が——静かに——聞いた。
「恥ずかしい——ですか」
「……真正面から——行くと——見えすぎる気がして」
「見えすぎる——ですか」
「……近づきたいって——バレてしまうから」
「バレてしまう——ですか」
「……近づきたいと——思っているのが——見えると——恥ずかしくて」
ミナが——先生に——小声で——聞いた。
「何て——言ってるんですか」
「近づきたいけど——真正面から——行くのが——恥ずかしいと——言っています」
ミナが——キツネを——見た。
壁沿いに——遠回りして——来た——キツネ。
近づきたかったのに——真正面から——来られなかった——キツネ。
「先生——遠回りして——来たんですね」
「そうですよ」
「でも——ちゃんと——来ましたよね」
「来ましたよ」
「遠回りでも——来たんですよね」
「そうですよ」
ミナが——キツネに——向けて——小さく——言った。
「来てくれて——よかったですよ」
言葉は——届かないかもしれなかった。
でも——なんとなく——そう言いたかった。
キツネが——ミナを——見た。
少しだけ——耳が——動いた。
それが——返事のように——見えた。




