「隙間で、まだ動けないデグー」 第1話(朝)「今日は、まだ動けないです」
「おはようございます!」
ミナの声が——診察室に——響いた。
「おはよう」
サクラギ先生は——コーヒーを——置きながら——穏やかに——返した。
今日の——朝は——少し——静かだった。
扉が——開いた。
若い——男性が——入ってきた。
キャリーケースを——持っていた。
でも——ケースの——扉が——開いていた。
中に——何も——いなかった。
「あの——すみません」
男性が——困った顔をした。
「ケースから——出てしまって」
「どこへ——行きましたか」
「……たぶん——そこに」
男性が——壁と——棚の——隙間を——指さした。
ミナが——覗いた。
暗かった。
でも——何かが——いた。
小さくて——丸い——目が——見えた。
デグーだった。
「こんにちは」
ミナが——小さく——言った。
デグーは——動かなかった。
先生が——隙間の前に——しゃがんだ。
「こんにちは」
デグーが——少し——動いた。
「……こんにちは」
小さな——声だった。
「そこに——いるんですね」
「……います」
「出てきますか」
「……今日は——まだ——動けないです」
先生が——静かに——聞いた。
「まだ——動けない——ですか」
「……はい」
「体が——痛いですか」
「……痛くないです」
「怖いですか」
「……怖くは——ないですけど」
「でも——動けない——ですか」
「……動けないです」
先生が——穏やかに——頷いた。
「動けなくて——いいですよ」
デグーが——少し——止まった。
「……動けなくて——いいですか」
「いいですよ」
「……出てこなくて——いいですか」
「今日は——いいですよ」
「……そこに——いていいですか」
「いていいですよ」
ミナが——先生に——小声で——聞いた。
「何て——言ってるんですか」
「今日は——まだ——動けないと——言っています」
「動けない——ですか」
「体は——大丈夫そうですよ」
「でも——動けないんですね」
「そうです」
ミナが——また——隙間を——覗いた。
小さな——丸い目が——こちらを——見ていた。
怖そうでは——なかった。
ただ——動けなかった。
「先生——動けない時って——ありますよね」
「ありますよ」
「体は——大丈夫なのに——動けない時って——ありますよね」
「ありますよ」
男性が——心配そうに——言った。
「いつも——こんな感じで——困ってて」
「突然——動けなくなって——隙間に——入ってしまって」
「そうですか」
「どのくらい——続きますか」
「……その時によって——違うんですけど」
「今日みたいな日は——半日くらい——そこに——いることも——あって」
先生が——穏やかに——言った。
「半日——いていいですよ」
男性が——少し——驚いた顔をした。
「……いいんですか」
「いいですよ」
「……無理に——出さなくて——いいですか」
「いいですよ」
「……そこに——いさせてあげて——いいですか」
「いいですよ」
男性が——少しだけ——安心した顔をした。
「……ありがとうございます」
「無理に——出そうとしていたから」
「そうですか」
「……出てこないのが——心配で——つい——引っ張り出そうとしてしまって」
先生が——静かに——言った。
「出てくるまで——待っていいですよ」
「……待っていいですか」
「いいですよ」
デグーが——隙間の中から——男性を——見た。
「……待っていてくれますか」
先生が——デグーに——向けて——言った。
「待っていてくれますよ」
「……出てこなくても——ですか」
「出てこなくても——待っていますよ」
デグーが——また——小さく——丸まった。
隙間の中で——静かに——いた。
動かなかった。
でも——ちゃんと——いた。
ミナが——隙間を——もう一度——見た。
暗かった。
でも——小さな——丸い目が——見えた。
まだ——動けない。
でも——ちゃんと——いる。
それだけで——十分だった。




