「山に帰れない熊」 第3話(夕方)「いつか、山に帰る日のために」
夕方だった。
楽園の——
空が——オレンジ色に——なっていた。
熊は——楽園の——真ん中に——座っていた。
足を——伸ばして——空を——見ていた。
サクラギ先生が——来た。
「足を——診せてもらえますか」
「……どうぞ」
先生が——丁寧に——足を——診た。
「少しずつ——よくなっていますよ」
「……そうですか」
「時間は——かかりますが」
「……山に——帰れますか」
先生が——穏やかに——言った。
「帰れますよ」
「……本当ですか」
「本当ですよ」
熊が——低く——うなった。
「……よかった」
しばらく——静かだった。
熊が——楽園を——見回した。
亀が——いた。
うさぎが——いた。
タヌキが——顔を——出していた。
鳥が——翼を——動かしていた。
「……ここは——不思議な場所だ」
先生が——聞いた。
「どう——不思議ですか」
熊が——少し——考えた。
「……檻が——ない」
「そうですね」
「……来た時——てっきり——檻に——入れられると——思っていた」
先生が——静かに——聞いた。
「なぜですか」
「……人間に——捕まると——檻に——入れられることが——多かったから」
「……山を——下りてきた時——また——そうなると——思っていた」
「でも——檻は——なかった」
「ありませんよ」
熊が——また——楽園を——見回した。
「……いつでも——外に——出られますか」
先生が——穏やかに——言った。
「出られますよ」
「……ケガしていても——ですか」
「ケガしていても——出られますよ」
「……ケガが——治っても——治らなくても——ですか」
「どちらでも——出られますよ」
熊が——低く——うなった。
「……檻じゃないんですね」
「違いますよ」
「……ここは——閉じ込める場所じゃないんですね」
「そうですよ」
熊が——また——空を——見た。
「……外に——いつでも——出られる場所で——休んでいていいんですね」
「いていいですよ」
「……それが——すごく——安心しました」
ミナが——隣で——聞いていた。
熊の言葉は——聞こえなかった。
でも——熊が——楽園を——見回す目が——さっきと——違った。
緊張が——抜けた目だった。
「先生——熊さん——何て——言ってましたか」
「檻じゃないと——分かって——安心したと——言っていました」
ミナが——止まった。
「……檻じゃないと——分かって——ですか」
「そうです」
「来た時——檻に——入れられると——思っていたそうです」
ミナが——少し——俯いた。
「……そうですよね」
「人間に——捕まると——そうなることが——多いから」
「そうですね」
「でも——ここは——違う」
「そうですよ」
「いつでも——外に——出られる」
「そうです」
ミナが——また——熊を——見た。
大きな体が——オレンジ色の——光に——照らされていた。
足を——伸ばして——空を——見ていた。
緊張していなかった。
「先生——楽園って——そういう場所なんですね」
「どういうことですか」
「閉じ込める場所じゃなくて——いつでも——出られる場所」
「そうですよ」
「だから——安心して——いられるんですね」
「そうですよ」
亀が——熊に——近づいた。
「今日も——いい天気でしたね」
「……そうだな」
「明日も——いい天気だと——いいですね」
「……そうだな」
「足が——治るまで——ゆっくりしていてくださいね」
熊が——低く——うなった。
「……ありがとう」
「……ここは——いつでも——出られるんですよね」
亀が——ゆっくりと——頷いた。
「そうですよ」
「……でも——しばらく——いてもいいですか」
「いていいですよ」
「……山に——帰れるようになっても——また——来ていいですか」
「来ていいですよ」
熊が——小さく——息を——吐いた。
長い——息だった。
山から——下りてきた時から——溜めていたものが——少しずつ——出ていくような——息だった。
檻じゃない。
いつでも——出られる。
それだけで——十分だった。
ミナが——その息を——聞きながら——思った。
閉じ込めない場所だから——安心して——いられる。
いつでも——出られるから——いていられる。
それが——楽園の——本当の意味なのかもしれない。
「先生」
ミナが——小さく——言った。
「はい」
「楽園って——いつでも——出られる場所だから——楽園なんですね」
先生が——穏やかに——笑った。
「そうかもしれませんね」
楽園が——静かになった。
熊が——楽園の——真ん中で——空を——見ていた。
大きな体が——そこにあった。
檻じゃない場所で——足を——伸ばしていた。
それだけで——十分だった。
「おつかれさまでした」
「おつかれさまです」
ミナと——先生の——声が——楽園に——響いた。
熊が——低く——うなった。
それが——お疲れ様に——聞こえた。




