「山に帰れない熊」 第2話(昼)「山の主が、ここにいる」
楽園の——
真ん中に——
いた。
空が——近かった。
山より——低かった。
でも——空は——空だった。
山にいた頃——
空はもっと——近かった。
木の上から——見える空が——好きだった。
川の匂いが——好きだった。
土の感触が——好きだった。
全部——山にあった。
でも——今は——ここにいる。
足が——痛くて——山に——帰れなくて——ここにいる。
情けなかった。
山の主が——こんな場所に——いると——思ったら——情けなかった。
でも——先生が——言った。
「いていいですよ」
亀が——言った。
「大きくても——小さくても——いていいですよ」
情けなくても——いていい——ということか。
そう——思った。
昼過ぎ——
熊は——楽園の——隅に——座っていた。
足を——伸ばして——空を——見ていた。
亀が——近づいてきた。
「どうですか」
「……慣れないな」
「慣れない——ですか」
「……山じゃないから」
「山が——恋しいですか」
「……恋しい」
「そうですか」
「……山の主が——こんな場所に——いるのは——情けない」
亀が——静かに——言った。
「情けなくないですよ」
「……情けないよ」
「足が——痛くて——山を——下りて——お金もなくて——助けてもらって」
「……山の主が——することじゃない」
亀が——ゆっくりと——言った。
「山の主だから——助けを——求めていいんですよ」
熊が——止まった。
「……どういうことですか」
「山の主は——一人で——全部——できないといけないですか」
「……できないといけないと——思ってた」
「なぜですか」
「……主だから」
「主は——一人で——全部——やるものだと——思っていましたか」
「……思っていた」
亀が——静かに——言った。
「私は——亀です」
「……そうですね」
「ゆっくりしか——動けません」
「……そうですね」
「でも——日向ぼっこが——得意です」
「……そうですね」
「私の——得意なことと——あなたの——得意なことは——違いますよ」
熊が——少し——考えた。
「……俺の——得意なことは——何ですか」
「山を——知っていることじゃないですか」
「……山を——知っていること」
「山の——川の場所も——木の実の——場所も——危険な——場所も——全部——知っていますよね」
「……知っている」
「それが——あなたの——強さですよ」
熊が——また——空を——見た。
「……でも——今は——山にいない」
「今は——ここにいますよ」
「……ここでは——役に立てない」
亀が——ゆっくりと——言った。
「役に立てていますよ」
「……どうやって」
「大きいだけで——楽園が——少し——安心しますよ」
熊が——止まった。
「……大きいだけで——ですか」
「そうですよ」
「……何もしてないですよ」
「いるだけで——いいんですよ」
その時——タヌキが——木の根元から——顔を——出した。
珍しかった。
タヌキが——自分から——顔を——出すのは。
「……熊さん」
「……なんだ」
「いてくれて——よかったです」
熊が——また——止まった。
「……なぜですか」
「……大きい動物が——いると——安心します」
「……俺が——いると——安心しますか」
「……はい」
熊が——低く——うなった。
今度は——柔らかい声だった。
「……そうか」
うさぎが——遠くから——言った。
「熊さん——足は——どうですか」
「……まだ——痛い」
「でも——ここにいていいですよ」
「……いていいですか」
「いていいですよ」
「足が——治るまで——いていいですよ」
熊が——また——空を——見た。
山より——低い空だった。
でも——空は——空だった。
「……山に——帰れるかな」
亀が——ゆっくりと——言った。
「帰れますよ」
「……本当ですか」
「本当ですよ」
「……でも——帰れなくても——ここにいていいですか」
亀が——静かに——頷いた。
「いていいですよ」
熊が——また——低く——うなった。
今度は——もっと——柔らかかった。
山の主が——ここにいる。
情けないと——思っていた。
でも——タヌキが——安心すると——言ってくれた。
亀が——役に立っていると——言ってくれた。
いるだけで——いい。
その感覚が——少しずつ——熊の中に——広がっていった。




