「誰かの名前を覚えたいヒヒ」 第3話(夜)「ちゃんと覚えていてくれた」
夕方になって——
楽園が——
静かになってきた。
太陽が——傾いて——
空が——オレンジ色に——なっていた。
うさぎは——隅の——柔らかい草の上に——座っていた。
今日も——足の——包帯を——見ながら——思い返していた。
今日——ヒヒさんが——来た。
手帳を——持って——みんなの名前を——書いていた。
一生懸命——覚えようとしていた。
でも——疲れそうだった。
うさぎは——思った。
ヒヒさんは——私の名前を——覚えてくれたかな。
少し——気になった。
その時——ヒヒが——近づいてきた。
「うさぎさん」
「はい」
「今日——足は——どうでしたか」
うさぎが——少し——驚いた。
「あ——だいぶ——よくなりました」
「よかったです」
「ヒヒさん——覚えていてくれたんですね」
「覚えていましたよ」
「左足でしたよね」
うさぎが——また——驚いた。
「……左足——ですよ」
「よかった——ちゃんと——覚えていました」
ヒヒが——ほっとした——顔をした。
うさぎは——少し——嬉しかった。
でも——ヒヒが——去った後——うさぎは——気づいた。
ヒヒさんが——今日——一番——話していたのは——亀さんだった。
手帳に——一番——丁寧に——書いていたのも——亀さんのことだった。
「今日が——いい天気ですね」という——亀さんの言葉を——ヒヒさんが——繰り返していた。
つまり——ヒヒさんが——今日——一番——ちゃんと——覚えたのは——亀さんのことだった。
私の名前じゃなかった。
でも——うさぎは——思った。
悲しくなかった。
むしろ——なんだか——嬉しかった。
なぜだろうと——思った。
しばらく——考えた。
「うさぎさん」
亀が——ゆっくりと——近づいてきた。
「亀さん——ヒヒさんと——話してましたよね」
「そうですよ」
「何を——話してたんですか」
亀が——静かに——言った。
「全部——覚えなくても——いいんじゃないかと——話しました」
「そうですか」
「誰かの名前を——ちゃんと——覚えるだけで——十分だと」
うさぎが——頷いた。
「ヒヒさん——私の名前も——覚えていてくれましたよ」
「そうですか」
「左足だって——言ってくれました」
「覚えていたんですね」
「でも——亀さんのことを——一番——ちゃんと——覚えていた気がして」
亀が——少し——間を置いた。
「そうかもしれませんね」
「それで——」
うさぎが——少し——考えながら——言った。
「なんか——嬉しかったんですよ」
「嬉しかった——ですか」
「自分の名前を——一番——覚えてもらえなかったのに」
「なぜですか」
うさぎが——空を——見ながら——言った。
「ヒヒさんが——誰かを——ちゃんと——覚えていてくれたから——かな」
亀が——静かに——聞いた。
「どういうことですか」
「全部——覚えようとして——全部が——おぼろげになるより」
「誰かを——ちゃんと——覚えている方が——なんか——温かい気がして」
亀が——ゆっくりと——頷いた。
「そうですね」
「ヒヒさんが——誰かを——ちゃんと——覚えていてくれる人だって——分かったから」
「嬉しかったんですかね」
「そうかもしれません」
うさぎが——また——足の——包帯を——見た。
「亀さん」
「はい」
「今日——ヒヒさんに——ちゃんと——覚えてもらえて——よかったですね」
亀が——小さく——笑った。
「嬉しかったですよ」
「日向ぼっこが——好きだって——覚えていてくれて」
「今日が——いい天気ですねって——言ったことも——覚えていてくれて」
「そんなことまで——覚えていてくれたんですね」
「そうですよ」
うさぎが——また——空を——見た。
オレンジ色が——少しずつ——紫に——変わっていた。
「亀さん」
「はい」
「全部じゃなくても——誰かが——ちゃんと——覚えていてくれるだけで——十分ですね」
亀が——静かに——頷いた。
「十分ですよ」
「世界が——少し——温かく——なりますね」
「なりますよ」
うさぎが——小さく——笑った。
その時——扉が——開いた。
サクラギ先生だった。
「今日も——お疲れ様でした」
先生が——楽園を——見渡しながら——言った。
亀が——ゆっくりと——言った。
「今日も——いい日でしたよ」
「そうですか」
「ヒヒさんが——来てくれて」
「ヒヒさんが——来たんですね」
「一生懸命——名前を——覚えようとしていて」
先生が——静かに——笑った。
「そうですか」
「全部——覚えられなくても——誰かを——ちゃんと——覚えていて」
「それで——十分だって——気づいたみたいで」
「よかったですね」
うさぎが——先生に——言った。
「先生——ヒヒさん——また——来ますかね」
「来ると——思いますよ」
「また——手帳を——持って——来ますかね」
「来るかもしれませんね」
「でも——今度は——全部——書こうとしないかもしれません」
先生が——穏やかに——笑った。
「それが——いいですよ」
楽園が——静かになった。
亀が——最後の——日光を——浴びていた。
うさぎが——足を——伸ばしていた。
犬が——空の——匂いを——嗅いでいた。
鳥が——翼を——そっと——動かしていた。
タヌキが——木の根元から——少しだけ——顔を——出していた。
全員が——全員の名前を——覚えているわけじゃなかった。
でも——誰かが——誰かを——ちゃんと——覚えていた。
それだけで——楽園は——十分——温かかった。




