「誰かの名前を覚えたいヒヒ」 第2話(昼)「全部覚えようとすると」
手帳を——
開いた。
今日——楽園にいた動物の——名前が——並んでいた。
亀さん。
うさぎさん。
犬さん。
鳥さん。
タヌキさん。
全部——書いた。
でも——見ていると——だんだん——おぼろげになってきた。
亀さんは——どこにいた?
うさぎさんの——ケガは——どっちの足だった?
犬さんの——目は——どのくらい——見えているんだろう?
鳥さんの——翼は——どちら側だった?
タヌキさんは——今日——どのくらい——出てきていた?
名前は——書いた。
でも——その先が——おぼろげになっていた。
全部——覚えようとすると——全部が——薄くなる。
それが——分かっていた。
でも——やめられなかった。
全部——覚えないと——役に立ててない気がして。
ここに——来る動物たちは——みんな——何かを——抱えている。
ケガをしている子。
怖いものがある子。
心が——疲れている子。
そういう子たちの——名前を——覚えていないのは——失礼な気がして。
だから——全部——覚えようとした。
でも——全部——覚えようとすると——全部が——おぼろげになった。
昼過ぎ——
ヒヒは——木の根元に——座っていた。
手帳を——また——開いていた。
亀が——近づいてきた。
「ヒヒさん」
「あ——亀さん」
「また——手帳を——見ていますね」
「忘れないように——見ていました」
亀が——ゆっくりと——隣に——座った。
「全部——覚えたいんですか」
「全部——覚えたいんです」
「なぜですか」
ヒヒが——少し——間を置いた。
「……覚えていないと——その子が——大事じゃないみたいで」
亀が——静かに——聞いた。
「全部——覚えられていますか」
「……覚えようとしているんですが」
「覚えようとすると——どうなりますか」
ヒヒが——俯いた。
「……全部が——おぼろげになります」
「そうですか」
「名前は——書けても——その子のことが——薄くなっていって」
「それが——つらいんですよ」
亀が——ゆっくりと——言った。
「全部——覚えなくても——いいんじゃないですか」
ヒヒが——顔を——上げた。
「でも——覚えていないと——」
「誰かの名前を——ちゃんと——覚えるだけで——十分じゃないですか」
「誰かの名前を——ちゃんと——ですか」
「そうです」
「全部じゃなくて——いいんですか」
亀が——静かに——頷いた。
「全部——覚えようとすると——全部が——薄くなるなら」
「一人を——ちゃんと——覚える方が——いいんじゃないですか」
ヒヒが——手帳を——見た。
名前が——並んでいた。
「……一人を——ちゃんと——覚える」
「そうです」
「それだけで——いいんですか」
「十分だと——思いますよ」
ヒヒが——また——手帳を——見た。
亀さん——という文字が——見えた。
今日——一番——話した——亀さん。
日向ぼっこが——好きな——亀さん。
「今日が——いい天気ですね」と——言っていた——亀さん。
「……亀さんのことは——ちゃんと——覚えています」
「そうですか」
「日向ぼっこが——好きで——今日が——いい天気ですねって——言っていた」
亀が——小さく——笑った。
「覚えていてくれたんですね」
「覚えています」
「嬉しいですよ」
ヒヒが——少し——止まった。
「……嬉しいですか」
「嬉しいですよ」
「全部じゃなくても——ですか」
「全部じゃなくても——です」
ヒヒが——手帳を——閉じた。
少しだけ——軽くなった気がした。




