「常に飛ばなくても、そのままでいいバタフライ」 第3話(夜)「いるだけで、いい」
片付けをしながら——
ミナは——今日のことを——
思い返していた。
あのバタフライのことが——
頭から——離れなかった。
一日中——窓枠に——止まっていた。
翅を——閉じたまま。
ほとんど——動かなかった。
でも——なんとなく——
あの子が——いるだけで——
診察室の空気が——
少しだけ——柔らかかった気がした。
「先生」
ミナが——モップを——止めて——言った。
「はい」
「今日の——バタフライのことなんですけど」
「はい」
「一日中——飛ばなかったですよね」
「そうですね」
「なんか——それが——ずっと——気になってて」
先生が——カルテを——閉じながら——聞いた。
「何が——気になりましたか」
ミナが——少し——考えてから——言った。
「今日——診察室に——来た子の中で——一番——羽を——開いてなかったのが——あの子だったんですよ」
「そうですね」
「でも——なんか——一番——ここに——いた気がして」
先生が——穏やかに——頷いた。
「どういう意味ですか」
ミナが——窓の外を——見た。
バタフライは——もう——いなかった。
夕方に——静かに——飛んでいった。
「うまく——言えないんですけど」
「はい」
「他の子たちは——鳴いたり——動いたり——何かを——伝えようとしてたじゃないですか」
「そうですね」
「でも——あの子は——ずっと——止まってるだけで」
「何も——しなかったけど」
ミナが——少し——俯いた。
「なんか——ちゃんと——ここにいたんですよね」
先生が——静かに——言った。
「そうですね」
「いるだけで——伝わることが——ありますよ」
「いるだけで——ですか」
「何かを——しなくても——そこにいること自体が——意味になる時が——あります」
ミナが——また——窓の外を——見た。
「先生——あの子——何て——言ってましたか」
「飛ばない時間も——羽の一部だと——気づいたと——言っていました」
ミナが——止まった。
「羽の一部——ですか」
「ええ」
「飛んでいる時だけが——羽じゃないって——ことですよね」
「そうです」
「閉じている時も——止まっている時も——羽だって」
「そういうことです」
ミナが——少し——黙った。
しばらく——静かだった。
「先生」
「はい」
「私——最近——思うんですけど」
「はい」
「動物の言葉が——聞こえない私が——ここにいることって」
「はい」
「意味——あるんですかね」
先生が——ミナを——見た。
穏やかな——目だった。
「あると——思いますよ」
「でも——先生みたいに——言葉が——聞こえたら——もっと——役に立てるのに——と——思って」
「ミナさん」
「はい」
「今日——バタフライに——何か——しましたか」
ミナが——少し——考えた。
「……窓を——少し——開けました」
「他には」
「飛ばなくても——ここにいていいよって——言いました」
「言葉は——聞こえましたか」
「聞こえてないと——思います」
「でも——伝わりましたよ」
ミナが——止まった。
「……伝わりましたか」
「ええ」
「あの子が——ここは——飛ばなくていい気がすると——言っていました」
「それは——ミナさんが——いたからですよ」
ミナが——少し——赤くなった。
「……私が——いたから——ですか」
「そうです」
「言葉が——聞こえなくても——いるだけで——伝わることが——あります」
ミナが——また——黙った。
「いるだけで——伝わる——か」
「そうです」
「バタフライと——同じですね」
「そうですよ」
ミナが——小さく——笑った。
「私も——飛ばなくて——いいですかね」
先生が——穏やかに——笑った。
「いいですよ」
「止まってても——ここの——一部ですか」
「もちろんです」
ミナが——モップを——また——動かし始めた。
しばらく——静かだった。
「先生」
「はい」
「今日——バタフライが——帰る時——こっちを——見ましたよね」
「見ていましたね」
「なんか——また——来る気がしました」
先生が——静かに——笑った。
「来ると——思いますよ」
「なんでですか」
「飛ばなくても——いい場所を——見つけたから——です」
ミナが——頷いた。
「そういう場所——大事ですよね」
「大事ですよ」
「ここが——そういう場所に——なれたら——いいですね」
先生が——窓の外を——見ながら——言った。
「もう——なってますよ」
ミナが——少し——止まった。
「……そうですかね」
「そうですよ」
ミナが——また——小さく——笑った。
診察室の——電気を——消した。
今日も——終わった。
ミナは——扉を——閉めながら——思った。
飛ばなくても——ここの——一部だ。
いるだけで——伝わることが——ある。
それは——バタフライのことだけじゃなかった。
自分のことでも——あった。
「おつかれさまでした」
「おつかれさまです」
二人の声が——夜の——駐車場に——響いた。
今日も——止まっていた何かが——少しだけ——軽くなった日だった。




