第113話「はじまりと同じ場所」
朝は、いつも通り。
「おはようございます」
ミナが扉を開ける。
「おはよう」
サクラギ先生が答える。
変わらない診察室。
でも、その日の空気は少しだけ違った。
「……なんか、懐かしい感じしません?」
ミナがふとつぶやく。
「そうだね」
サクラギ先生も否定しない。
理由は、すぐにわかる。
扉が開く。
入ってきたのは――
一匹の猫。
静かに歩く。
まっすぐに診察台へ向かう。
(……ここ)
迷いがない。
「予約、されてました?」
ミナが飼い主を見る。
「いえ、初めてで……」
でも、猫は違う。
初めてじゃない動き。
初めてじゃない目。
サクラギ先生が、少しだけ目を細める。
「似てるね」
「え?」
「前に来た子に」
ミナも思い出す。
「あ……もしかして」
ずっと前。
まだ始まったばかりの頃。
最初の方に来た、あの猫。
落ち着かなくて、
でもここで少しだけ眠った。
猫は静かに座る。
(……おぼえてる)
「やっぱり」
サクラギ先生が小さく言う。
「同じ血だね」
「親、ですか?」
「たぶん」
猫は診察台の同じ場所に丸くなる。
あのときと、ほとんど同じ位置。
(……ここで、きいた)
「何を?」
(……だいじょうぶ)
短い言葉。
でも、確かに残っている。
直接の記憶じゃない。
でも、引き継がれている。
「場所の記憶と、つながってるんですね」
ミナが静かに言う。
「うん」
「それと、この子自身の感覚も」
猫はゆっくり目を閉じる。
安心している。
理由を説明しなくてもいいくらいに。
飼い主が少し驚く。
「こんなに落ち着くの、初めてで」
「いい場所なんですね」
「うん」
サクラギ先生が答える。
「たぶん、前から」
診察は、穏やかに進む。
特別な問題はない。
少しの不安と、
少しの緊張。
でも、それはここでほどけていく。
猫は最後まで静かだった。
帰り際。
一度だけ振り返る。
診察室を見る。
(……つづいてる)
小さな確認。
そして、満足したように出ていく。
扉が閉まる。
少しの静けさ。
ミナがぽつりと言う。
「つながってるんですね」
「うん」
「前の子から、今の子に」
「そうだね」
サクラギ先生は診察台に手を置く。
「場所も、時間も」
変わっていないようで、
ちゃんと続いている。
午後。
いつもの診察が続く。
新しい動物たち。
新しい時間。
でも、その中に、
確かに“前”が混ざっている。
夕方。
最後の患者を見送る。
扉が閉まる。
静寂。
ミナが少しだけ笑う。
「最初から、ここだったんですね」
「うん」
「これからも?」
「たぶん」
短い答え。
でも、十分だった。
窓の外は夕焼け。
はじまりも、
途中も、
今も、
同じ場所にある。
この診察室は、
少しずつ積み重なりながら、
同じままであり続ける。
静かに、
円を描くように一日が終わった。




