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動物たちの言葉がわかる獣医と動物たちの楽園  作者: 1010
第1章 はじまりの時期 ミナ登場

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第107話「近すぎるやさしさ」

朝は、いつも通り。


「おはようございます」


 ミナが扉を開ける。


「おはよう」


 サクラギ先生が答える。


 変わらない診察室。


 その日の患者は、小さなウサギだった。


「この子、最近あまり動かなくて」


 飼い主が心配そうに抱えている。


「ごはんは食べるんですけど、ずっとじっとしてて」


 白いウサギ。


 柔らかそうな毛。


 腕の中で、大人しくしている。


(……つかれる)


 小さな声。


 ミナが少し首をかしげる。


「疲れる?」


 サクラギ先生が静かに聞く。


(……ずっと)


「何が?」


 少し間。


 ウサギは、飼い主の腕の中で動かない。


(……だっこ)


 ミナがはっとする。


 飼い主は戸惑う。


「え?」


「この子、抱っこ好きで」


「かわいくて、つい……」


 言いながら、少しだけ力が入る。


 ウサギの体が、わずかに固くなる。


「ずっとですか?」


「はい、家にいるときはほとんど」


「安心するかなって」


(……うごけない)


 小さな声。


 でも、はっきりしている。


「ケージから出してる時間も、ほとんど抱っこで」


 ミナがそっと言う。


「ウサギって、本当は結構動きたい生き物ですよね」


「そうだね」


 サクラギ先生は頷く。


「安心と自由、両方必要」


 ウサギはじっとしている。


(……すき)


「好き?」


(……このひと、すき)


 飼い主を見る。


 やわらかい目。


(……でも、ずっとはいや)


 その両方が、本音だった。


 飼い主の表情が揺れる。


「……ごめんね」


 思わず、抱きしめる。


 ウサギの体がまた固くなる。


「少し、離してあげようか」


 サクラギ先生が静かに言う。


 飼い主がはっとして、腕をゆるめる。


 診察台の上にそっと置く。


 ウサギは、しばらく動かない。


 様子をうかがう。


 そして――


 ぴょん、と小さく跳ねる。


 もう一回。


 少しだけ速くなる。


(……らく)


 体が伸びる。


 呼吸が軽くなる。


 ミナが笑う。


「動きたかったんですね」


「うん」


 サクラギ先生も頷く。


「好きだから近くにいたい」


「でも、近すぎると苦しくなる」


 飼い主が静かに聞く。


「どうすればいいですか」


「時間を分けよう」


「分ける?」


「抱っこの時間と、自由な時間」


「どっちもちゃんと作る」


 ミナが続ける。


「自由にしてるときも、見守ってあげれば安心しますよ」


 飼い主はゆっくり頷く。


 ウサギを見る。


 今は、診察台の上を小さく動き回っている。


 楽しそうに。


「……かわいいな」


 思わず言う。


 でも、手は伸ばさない。


 少し待つ。


 ウサギの方が、近づいてくる。


 足元で止まる。


(……いまならいい)


 小さな合図。


 飼い主が、そっと撫でる。


 今度は、体は固くならない。


 やわらかいまま。


「これくらいが、いいね」


「はい」


 帰り際。


 ウサギは自分からケージに入る。


 無理に入れられるのではなく。


 自分で選んで。


 午後。


 いつもの診察が続く。


 やさしさは、形が難しい。


 足りなくても、すれ違うし、


 多すぎても、すれ違う。


 ここでは、それを少しだけ整える。


 夕方。


 最後の患者を見送る。


 扉が閉まる。


 静寂。


 ミナがぽつりと言う。


「好きって、難しいですね」


「うん」


「多ければいいってわけでもない」


「そうだね」


 サクラギ先生は窓の外を見る。


「ちょうどいい形にする必要がある」


 ミナが少し笑う。


「毎回調整ですね」


「うん」


 短い答え。


 でも、それがこの仕事だった。


 窓の外は夕焼け。


 近づくことも、


 離れることも、


 どちらも“やさしさ”。


 そのバランスを見つけることが、


 きっと一緒に生きるということ。


 この診察室は、


 その形を少しずつ整える場所だった。


 静かに、


 やわらかい一日が終わった。

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