第100話「ここが、いつもの場所」
朝はいつも通り。
「おはようございます」
ミナが扉を開ける。
「おはよう」
サクラギ先生もいつも通り。
診察室は変わらない。
棚の位置も、窓の光も、静かな空気も。
でも、今日は少しだけ特別だった。
「先生、今日で100回目ですよ」
ミナが少しだけ興奮気味に言う。
「そうか」
サクラギ先生は淡々と答える。
でも、目が少しだけ細まっている。
最初の患者は、小さなフェレット。
いつものように飛び回る。
(……たのしい!!)
「また暴れん坊だ」
ミナが追いかける。
サクラギ先生は静かに診る。
次は老猫。
(……ここ、しってる)
安心したように目を閉じる。
続いてハムスター、インコ、犬。
珍しい動物も普通の動物も。
みんな、少しずつ違和感を持って来て、少しずつ解決していく。
フェネックは砂を欲しがり、
フクロモモンガは高い場所を求め、
ミーアキャットは見張りを休みたがり、
カメレオンは色を決めかね、
ハチドリは止まる場所を探し、
コウモリは音の地図を直し、
カピバラはぬるい水に入り、
クラゲは流れに乗り、
ナマケモノは手の届く距離を、
アルマジロは開くタイミングを、
コアラは安心の形を、
それぞれ見つけて帰っていく。
診察室はいつも通り回る。
騒がしいのも、静かなのも、不思議なのも、普通のも。
全部受け止めて、全部送り出して。
夕方。
最後の患者を見送る。
扉が閉まる。
静寂。
ミナが診察室を見回す。
「……100回、全部この部屋で」
「うん」
「フェレットが飛び回ったり、インコがツッコんだり、クラゲがふわふわしたり」
サクラギ先生は小さく笑う。
「全部覚えてるよ」
「ほんとですか」
「うん」
窓の外は夕焼け。
100日分の光が、積み重なっている。
ミナがぽつりと言う。
「なんか、続いてよかったですね」
「そうだね」
「この仕事も、この場所も、この感じも」
サクラギ先生は静かに頷く。
「変わらないのが、一番いい」
診察台の上には、何も残っていない。
でも、100回分の記憶がある。
動物たちの声も、違和感も、解決も、日常も。
全部、この小さな部屋に詰まっている。
「……次は101話ですね」
「うん」
「また何か来ますかね」
「来るよ」
短い答え。
でも、確信がある。
この場所には、いつも何かが来る。
そして、いつも何かが解決する。
特別な100回目。
でも、いつも通りの一日。
それが、この診察室の形だった。
夕暮れの光の中、
静かに、今日も終わった。




