小鳥遊リョウ 十三歳
悠と出逢ったのは中学校の入学式。気付いたら目で追っていた。
同じクラスの隣の列に悠はいた。
セーラー服に身を包み、凛と立っている。前髪は短めに眉毛が出ている。
意志の強そうな鼻筋に、希望を写したその瞳に目を奪われた。
良いな、と思いながら話しかける勇気はなかった。
その選択が、俺の一番の後悔かもしれない。
「小鳥遊くん、リョウくんって呼んでもいい?」
悠からそう話しかけて来た時、俺は少し嫌な予感がしたんだ。
「別に良いけど」
「ショウ先輩って、リョウくんのお兄さんってほんと?」
ほら、来た。紅潮した頬が、その内容を物語っている。
「ほんとだけど」
小鳥遊ショウは、俺より二つ年上の兄貴だ。同じ中学に通っていて、今三年生。学校随一のイケメンと名高く、その人気は教室前に人だかりができるほどだ。
「良いなぁ。あんなかっこいいお兄さん、自慢でしょ?」
「…別に」
「ねね、今彼女いるか知ってる?」
なんでもないことのように聞きたかったのだろう。声は平静を装えていたが、その表情では大失敗だ。
顔を赤くして、そんな質問をしてくる、俺の好きな人。
失恋には不似合いな、騒がしい教室の雑踏。
「確か、今はいなかったかな」
「かな?」
悠はぐいと一歩俺に近づく。ふわりとシャンプーの甘い匂いがしてきた。
「曖昧な感じ?」
「別れたとかなんとか言ってたような」
「もう!ハッキリしてよ」
悠は膨れっ面になり、俺を軽く殴る。怒っても可愛いなんて、ずるいな、と俺は思った。
「殴るなよ。そんなに気になるなら、自分で聞けば?」
「…そ、それができないからリョウくんに聴いてるんじゃん。わたしなんか、ショウ先輩に話しかけるすべもないよ」
「わたしなんか、ねぇ。そんなに卑下することねーのに」
悠はキョトンとした。
「髭?」
そして、唇の上に手をやる。卑下、が分からなかったらしい。
「髭じゃねーよ、卑下。自分を低く見積もること」
「リョウくんて、不思議な言葉知ってるのね」
「日本語だけどな」
ポカリ、と殴られる。
「それぐらいわかってるもん」
弾ける悠の笑顔が眩しい。その瞳に今映るのは俺だけだ、そう思うと少し自尊心がおさまった。
二日後。
悠は身も世もなく泣きじゃくっていた。
ショウに呆気なく振られて、泣いているのだ。
「だからやめとけって言っただろ?」
「でも早くしないと、次の彼女が出来ちゃうじゃん」
「それは知らんけど」
ショウはとてもモテるが、かと言って心がないわけじゃない。交流のない下級生が告白しても、成功する可能性は低いと、俺は悠に忠告していた。
でも女子たちの間で小鳥遊ショウの彼女枠争奪戦は激化し、それに急かされてしまったのだ。
「まだ、諦めないもん」
泣きじゃくりながら、悠は言う。
諦めてくれたら良いのに、と俺は思う。
「ショウ先輩、カッコよかったなぁ。すごく緊張しちゃった、わたし」
「あ、そ」
ポカリ、脇腹を殴られる。
「冷たい〜」
「…すまん」
見てられなくて、視線を逸らしながら、ハンカチだけ手渡す。
「…ありがと」
そして悠はまだどこか痛そうな表情のまま、優しく微笑んだ。
「リョウくん、優しいね」
「別に」
「リョウくんみたいな人、好きになれたら幸せになれるのかな…」
そして俺にとって残酷な呟きを残して、悠は黙りこくった。




